ゲルラッハ兄弟

ルートヴィヒ・フリードリヒ・レオポルト・フォン・ゲルラッハ
エルンスト・ルートヴィヒ・フォン・ゲルラッハ

ゲルラッハ兄弟(ゲルラッハきょうだい、ドイツ語: Gebrüder Gerlach)とは、19世紀プロイセン王国の政治家・軍人ルートヴィヒ・フリードリヒ・レオポルト・フォン・ゲルラッハおよび判事・政治家エルンスト・ルートヴィヒ・フォン・ゲルラッハの兄弟。

父はベルリン市長カール・フリードリヒ・レオポルト・フォン・ゲルラッハドイツ語版(1757年8月25日 - 1813年6月8日) 。

兄にヴィルヘルム・フォン・ゲルラッハ(Wilhelm von Gerlach、1789年 - 1834年)、弟に神学者オットー・フォン・ゲルラッハ英語版(1801年4月12日 - 1849年10月24日)がいるが、レオポルトとルートヴィヒのドイツ政治史的重要性から一般にこの二人を指す。

レオポルト・フォン・ゲルラッハ[編集]

兄のレオポルト・フォン・ゲルラッハ(Ludwig Friedrich Leopold von Gerlach、1790年9月17日 - 1861年1月10日)はプロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム4世副官となり、またオットー・フォン・ビスマルクを補佐した[1]

弟のルートヴィヒとキリスト教ドイツ人サークルを形成し、スイスの政治学者カール・ルートヴィヒ・ハラー家産国家論(Patrimonialstaat)の普及に努めた[2]

ルートヴィヒ・フォン・ゲルラッハ[編集]

弟のルートヴィヒ・フォン・ゲルラッハ(Ernst Ludwig von Gerlach、1795年3月7日 – 1877年2月18日)はレオポルトとキリスト教ドイツの政治運動に参加したが、ビスマルクによるドイツ統一運動には反対した。

脚注[編集]

  1. ^ Agatha Ramm, Germany, 1789-1919: a political history, pp. 233-234
  2. ^ Otto Pflanze, Bismarck and the development of Germany: the period of unification, 1815-1871, pp. 30-31.

文献[編集]

関連項目[編集]