コスギラン属

コスギラン属
コスギラン
分類
: 植物界 Plantae
階級なし : 陸上植物 Embryophyta
: 維管束植物Tracheophyta
亜門 : 小葉植物亜門 Lycophytina
: ヒカゲノカズラ綱 Lycopodiopsida
: ヒカゲノカズラ目 Lycopodiales
: ヒカゲノカズラ科 Lycopodiaceae
亜科 : コスギラン亜科 Huperzioideae
: コスギラン属 Huperzia
学名
Huperzia Bernh. (1800)[1]
タイプ種
Huperzia selago (L.) Bernh. ex Schrank & Mart.[1]
シノニム
英名
firmosses

コスギラン属[3][4] Huperzia(こすぎらんぞく、小杉蘭属)は、ヒカゲノカズラ科コスギラン亜科に属する小葉植物[1][5]。温帯を中心に世界に50種以上が認められ、日本では4種が分布する[3]PPG I (2016) では25種のみであったが、Hassler (2022) のリストでは61種8雑種が認められている。

名称[編集]

和名のコスギラン属は、タイプ種であるコスギラン Huperzia selagoに基づく。トウゲシバ属とする文献もある[6]

学名(属名)の Huperziaドイツ医師植物学者であった Johann Peter Huperz に献名されたものである[7]Huperz は"Specimen inaugurale medico-botanicum de Filicum propagatione" (1798) の著者でシダ植物研究者であった[7]

系統関係[編集]

ヒカゲノカズラ科は大きく2つのクレードurostachyan clade (huperzioids[8]) と rhopalostachyan clade (strobilate taxa[8]) に大別される[9]。前者はコスギラン亜科 Huperzioideae からなり、後者にはヒカゲノカズラ亜科 Lycopodioideaeヤチスギラン亜科 Lycopodielloideae が含まれる[9]。本属はヨウラクヒバ属 Phlegmariurusフィログロッスム属 Phylloglossum とともにコスギラン亜科に含まれる[1]。なお、コスギラン亜科をコスギラン科 Huperziaceae Rothmaler (1962)として独立させる説もある[10][11]

ヨウラクヒバ属は茎に無性芽を付けないことが多く、着生して垂れ下がるのに対し、本属は無性芽を付けることが多く、地上生で直立することで区別される[10][8][注釈 1]。またヨウラクヒバ属では茎の基部から不定シュートを出すことができるが、コスギラン属は不定シュートを持たない[8]

Field et al. (2016) による分子系統解析に基づくヒカゲノカズラ科現生種の内部系統関係を示す[12]。単系統性が支持されている[1]

ヒカゲノカズラ科
コスギラン亜科

フィログロッスム属 Phylloglossum

コスギラン属 Huperzia

ヨウラクヒバ属 Phlegmariurus

Huperzioideae
ヤチスギラン亜科

ヤチスギラン属 Lycopodiella

イヌヤチスギラン属 Pseudolycopodiella

ミズスギ属 Palhinhaea

Lateristachys

Lycopodielloideae
ヒカゲノカズラ亜科

ヒモヅル属 Lycopodiastrum

Pseudolycopodium

Pseudodiphasium

Austrolycopodium

マンネンスギ属 Dendrolycopodium

Diphasium

アスヒカズラ属 Diphasiastrum

ヒカゲノカズラ属 Lycopodium

スギカズラ属 Spinulum

Lycopodioideae
Lycopodiaceae

分類史[編集]

現在コスギラン属に含まれる種は、かつては他のヒカゲノカズラ科の植物と同様にヒカゲノカズラ属 Lycopodium L. (1753) s.l. に含まれていたが、他の植物の分類群の属に比べ非常に多様なものを含んでしまうため、細分化する試みがなされることとなった[4][11][注釈 2]。中でもコスギラン属は最も早く、Bernhardt によって1800年[1](1801年[11])に設立された[11]Bernhardt (1800, p. 126)は次のように記した:

20. Huperzia mihi.
Sporangia oblonga, biualuia.
E.g. Lycopodia. L., quae fluctificationes in axillis foliorum gerunt.
Obs. In memoriam Huperzii, auctoris speciminis de filicum propagatione genus dixi.
β. punctatim aggregatis.

広義のコスギラン属 Huperzia s.l. (現在のコスギラン属とヨウラクヒバ属を合わせたもの)に属する種は同等二又分枝、孔のある胞子、独特な配偶体などの特徴がヒカゲノカズラ科の他の分類群と本質的に異なっており、1962年Werner Rothmaler によって単型の科としてコスギラン科 Huperziaceae が設立された[11]。そして1964年、Josef Holub は広義のコスギラン属の中から着生する種をヨウラクヒバ属 Phlegmariurus に分離した[11]。しかし Holub は1985年、コスギラン属とヨウラクヒバ属の属の境界を決めることに苦戦し、どの形質も判別基準とすることはできないとしてヨウラクヒバ属を破棄してコスギラン属のみを認め、ヒカゲノカズラ属の多くの種は1985年に Holub によってコスギラン属に移された[11]

しかし、Richard L. Hauke (1969) などでは、配偶体や生活史、染色体数などの多面的な有用な情報が多く集まるまでは単一のヒカゲノカズラ属 Lycopodiumのみを認め、細分化は保留すべきだと考えていた[13]。コスギラン属をヒカゲノカズラ属から分離しない場合、亜属の階級(コスギラン亜属 subg. Huperzia)に置くこともあった[13]

ヒカゲノカズラ科にヒカゲノカズラ属 Lycopodiumヤチスギラン属 Lycopodiella s.l.、およびコスギラン属 Huperzia s.l. の3属を認める分類体系もあったが、特異な形態を持つフィログロッスム属 Phylloglossum をコスギラン属内に含むことになり、コスギラン属の均一性が失われてしまうという欠点があった[10]Field et al. (2016) では分子系統解析に基づき、コスギラン属(コスギラン亜科)をコスギラン属 Huperzia s.s.ヨウラクヒバ属 Phlegmariurus およびフィログロッスム属 Phylloglossum の3属に分割することでこれを解決した[10]

形態・生態[編集]

染色体基本数は x = 22, 33?[3]。地上生または岩上生[10]

胞子体[編集]

コスギランの胞子嚢をつけるシュート。ヒカゲノカズラ属のように栄養茎と独立した胞子嚢穂になることはない。

分枝は同等二又分枝である[15][13][11]は直立茎のみで匍匐茎を持たない[3]。葉(小葉)は螺旋状に配列する[13]。栄養葉は二形にならない[3]

胞子嚢を付ける茎に無性芽(芽体、むかご[15])をつける[3]。無性芽は栄養生殖を担い、親植物から離れて新しい胞子体に成長する[15]。無性芽は親植物の葉のできる位置に生じ、芽と未分化の根からなる[15]。これはシュートの変形したもので、主シュートの不等分枝により生じた特殊な枝であると解釈されている[16]

胞子葉は栄養葉に似ており、明瞭な胞子嚢穂を形成せず、「栄養域」と「生殖域」が交互に現れる[17]。胞子葉は茎に盾状につき、胞子嚢の開裂後も枯れずに残る[3]。胞子嚢は無柄で胞子葉に腋生し、胞子葉の長軸に対して縦または横方向に裂開する[3]

ヒカゲノカズラ科の根はシュート頂付近の茎の内部で内生発生するが、特にコスギラン亜科では皮層を貫通して伸長し、植物体の基部で表皮を突き破り外に出る[9][16]。根は茎から出てくると二又分枝を行う[15]。コスギラン属およびヨウラクヒバ属の根の根端分裂組織は、表皮始原細胞と皮層始原細胞、根冠始原細胞が異なる細胞層に分かれる type II RAM となり、被子植物の閉鎖型根端分裂組織に類似している[18][19]。この type II RAM は、絶滅したドレパノフィクス科の化石小葉類アステロキシロン Asteroxylon mackiei が持つ地下器官 rooting axis の根冠を持たない頂端と、根冠以外の組織学的形態が類似しており、これが type II RAM の祖先型となる器官ではないかと考えられている[19]

配偶体[編集]

配偶体菌従属栄養性で葉緑体を持たない[3]。棍棒状で、分枝することもある[13]。地中または樹幹のコケ腐植の中に埋もれている[13]

下位分類[編集]

日本産種[編集]

海老原 (2016)に基づく。田川 (1959)では、コスギトウゲシバ、コスギラン、ヒメスギランの3種は形態的に類似しているため、1種にまとめて変種の関係に置くこともできるとしているが[20]、自身[21]もその後の文献(岩槻 1992海老原 2016など)でも、学名をどう扱うかは異なるものの3種は独立種として扱っている。

全種リスト[編集]

Huperzia australiana

Hassler (2022) に基づく。上記の日本産リストと分類の基準が異なることに注意。

人間との関係[編集]

利用[編集]

フペルジンAの構造式。

コスギランメキシコでは駆虫剤として用いられる[14]

トウゲシバ Huperzia serrata は中国では千層塔[27]として熱、風邪、腫れ、リウマチ重症筋無力症に千年以上用いられてきた[28]。また、1986年上海薬物研究所の Liu らにより中国産のトウゲシバから単離されたフペルジンA (Hup A) と呼ばれるリコポジウムアルカロイド(セスキテルペンアルカロイド)がサプリメントとして用いられている[29][28]。フペルジンAにはアセチルコリンエステラーゼ阻害作用が見いだされ、アルツハイマー病に対する治療効果や記憶力の増強が認められている[29][28]。フペルジンAはトウゲシバ以外でも、コスギランやヨウラクヒバなど、他のコスギラン亜科の植物からも見出されている[28]

栽培[編集]

コスギラン属の植物は全植物体ごと移植するか、不定根を残すように切って採集することで栽培することができる[8]。培地は細粒にした軽石泥炭、砂質もしくは粘土質ロームを3:1:1の割合で混ぜる。シュートの下部と根を含んだ植物体の基部のみを培地に埋める[8]

無性芽を付けている場合はそれを採集し、栽培することができる[8]。無性芽は通年でつけているものもあれば、H. lucidula のように通年ではないが毎年つけるものもあり、どちらも軽く触れることで採集できる[8]。はがれた無性芽は湿らせたペーパータオル上に置き、密閉容器中で20℃から22℃、12時間の光条件で置いておくと2週間以内で発根する[8]。その後シュート伸長と葉の形成が起こる[8]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ なお、着生・地上生の形質は共有祖先形質であり、地上生のヨウラクヒバ属も存在する[8]。日本のものに関してはコスギラン属は全て地上生、ヨウラクヒバ属は全て着生である[10]
  2. ^ ヒカゲノカズラ科にヒカゲノカズラ属 Lycopodium と フィログロッスム属 Phylloglossum の2属のみを認める分類が主流であった[4][13][14]
  3. ^ 3[22][23]ないし4[24]変種に分けられ、形態と倍数性に一定の相関はあるものの、異なる倍数体同士の雑種や同質倍数体もあり、全ての方を形態で区別して同定することは現実的ではないため、これらを区別せずに広義のトウゲシバ1種のみを認めることも多い[24]
  4. ^ 日本を含むアジアのものは亜種 subsp. arctica (Grossh. ex Tolm.) Á.Löve & D.Löve に置かれることもある[24]。これは subsp. appressa (Bach.Pyl. ex Desv.) D.Löve とされることもある[2]。また、日本のものは3変種に分けられるが、中間形が多くみられるため特に区別されないことも多い[24]
  5. ^ Huperzia chinensis (syn. Lycopodium chinense[25]) と同種と見なす考えもあるが、中国のそれは本種と比べて葉が疎らにつき、葉の基部で幅が狭くなる点で区別される[26]
  6. ^ a b 有効名とするかは議論の余地がある[2]
  7. ^ H. selago ssp. appressa のシノニムである可能性がある[2]
  8. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap selago agg.(コスギラン種群)[2]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f PPG I 2016, p. 570.
  2. ^ a b c d e f g h i j Hassler 2022.
  3. ^ a b c d e f g h i j k 海老原 2016, p. 263.
  4. ^ a b c 岩槻 1992, p. 42.
  5. ^ 海老原 2016, p. 268.
  6. ^ 長谷部 2020, p. 口絵12.
  7. ^ a b Ilieva & Ilieva 2022, p. 117.
  8. ^ a b c d e f g h i j k Benca 2014, pp. 25–48.
  9. ^ a b c Ito et al. 2022, pp. 1–12.
  10. ^ a b c d e f 海老原 2016, p. 260.
  11. ^ a b c d e f g h Holub 1985, pp. 67–80.
  12. ^ Field et al. 2016, pp. 635–657.
  13. ^ a b c d e f g ギフォード & フォスター 2002, p. 131.
  14. ^ a b 高宮 1997, p. 89.
  15. ^ a b c d e ギフォード & フォスター 2002, p. 116.
  16. ^ a b ギフォード & フォスター 2002, p. 119.
  17. ^ ギフォード & フォスター 2002, p. 124.
  18. ^ Fujinami et al. 2017, pp. 1210–1220.
  19. ^ a b Fujinami et al. 2020, pp. 291–296.
  20. ^ 田川 1959, p. 9.
  21. ^ 田川 1959, pp. 8–9.
  22. ^ 岩槻 1992, p. 43.
  23. ^ 田川 1959, p. 10.
  24. ^ a b c d 海老原 2016, p. 264.
  25. ^ 岩槻 1992, p. 44.
  26. ^ a b 海老原 2016, p. 265.
  27. ^ トウゲシバ”. 福岡で観察できる薬草. 一般社団法人 福岡市薬剤師会. 2022年12月5日閲覧。
  28. ^ a b c d Kumbhar et al. 2020, pp. 22–29.
  29. ^ a b 平澤 2014, pp. 1–12.

参考文献[編集]

  • Benca, Jeffrey P. (2014). “Cultivation Techniques for Terrestrial Clubmosses (Lycopodiaceae): Conservation, Research, and Horticultural Opportunities for an Early-Diverging Plant Lineage”. American Fern Journal 104 (2): 25–48. 
  • Bernhardt, D. I. I. (1800). H. A. Schrader. ed. “Tentamen alterum filices in genera redigendi”. Journal für die Botanik (Göttingen) 2: 121-136. 
  • Field, Ashley R.; Testo, Weston; Bostock, Peter D.; Holtum, Joseph A.M.; Waycott, Michelle (2016). “Molecular phylogenetics and the morphology of the Lycopodiaceae subfamily Huperzioideae supports three genera: Huperzia, Phlegmariurus and Phylloglossum”. Molecular Phylogenetics and Evolution 94 (B): 635-657. doi:10.1016/j.ympev.2015.09.024. 
  • Fujinami, Rieko; Yamada, Toshihiro; Nakajima, Atsuko; Takagi, Shoko; Idogawa, Ai; Kawakami, Eri; Imaichi, Ryoko (2017). “Root apical meristem diversity in extant lycophytes and implications for root origins”. New Phytologist 215: 1210-1220. doi:10.1111/nph.14630. 
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  • Ilieva, Iliana Alexandrova; Ilieva, Ilieva (2022). “Names of botanical genera dedicated to genuine persons”. World Journal of Biology Pharmacy and Health Sciences 12 (02): 110–129. doi:10.30574/wjbphs.2022.12.2.0129. 
  • Holub, Josef (1985). “Transfers of Lycopodium Species to Huperzia: With a Note on Generic Classification in Huperziaceae. Folia Geobot. Phytotax. (Praha) 20 (1): 67-80. https://www.jstor.org/stable/4180562. 
  • Ito, Yuki; Fujinami, Rieko; Imaichi, Ryoko; Yamada, Toshihiro (2022). “Shared body plans of lycophytes inferred from root formation of Lycopodium clavatum”. Front. Ecol. Evol.: 1-12. doi:10.3389/fevo.2022.930167. 
  • Kumbhar, Sangita A.; Hangargekar, Chitra B.; Joshi, Amol A. (2020). “Huperzine A from Huperzia serrata - A systematic review”. J. Adv. Sci. Res. 11 (3): 22-29. https://www.sciensage.info/index.php/JASR/article/view/502. 
  • PPG I (The Pteridophyte Phylogeny Group) (2016). “A community-derived classification for extant lycophytes and ferns”. Journal of Systematics and Evolution (Institute of Botany, Chinese Academy of Sciences) 56 (6): 563-603. doi:10.1111/jse.12229. 
  • アーネスト M. ギフォードエイドリアンス S. フォスター『維管束植物の形態と進化 原著第3版』長谷部光泰鈴木武植田邦彦監訳、文一総合出版、2002年4月10日、113-181頁。ISBN 4-8299-2160-9 
  • 岩槻邦男 編『日本の野生植物 シダ』平凡社、1992年2月4日。ISBN 4582535062 
  • 海老原淳 編『日本産シダ植物標準図鑑1』日本シダの会 企画・協力、学研プラス、2016年7月13日。ISBN 978-4054053564 
  • 高宮正之 著「ヒカゲノカズラ科」、岩槻邦男大場秀章清水建美堀田満ギリアン・プランスピーター・レーヴン 編『朝日百科 植物の世界[12] シダ植物・コケ植物・地衣類・藻類・植物の形態』朝日新聞社、1997年10月1日、89-92頁。 
  • 田川基二『原色日本羊歯植物図鑑』保育社〈保育社の原色図鑑〉、1959年10月1日。ISBN 4586300248 
  • 長谷部光泰『陸上植物の形態と進化』裳華房、2020年7月1日。ISBN 978-4785358716 
  • 平澤祐介 (2014). “ヒカゲノカズラ科植物に含まれるリコポジウムアルカロイドの構造”. 星薬科大学紀要 56: 1-12. http://id.nii.ac.jp/1240/00000386/. 

外部リンク[編集]