タタール語

タタール語
Татарча, Tatarça
話される国 ロシアの旗 ロシア
 ウクライナ
トルコの旗 トルコ
中華人民共和国の旗 中国
地域 北アジア
民族 ヴォルガ・タタール人
話者数 520万
言語系統
表記体系 キリル文字
ラテン文字
アラビア文字
公的地位
公用語 タタールスタン共和国の旗 タタールスタン共和国
少数言語として
承認
ポーランドの旗 ポーランド
統制機関 タタールスタン共和国の旗 タタールスタン共和国科学アカデミータタール語版ロシア語版
言語コード
ISO 639-1 tt
ISO 639-2 tat
ISO 639-3 tat
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タタール語(タタールご)は、ロシア連邦に属するタタールスタン共和国公用語。特にカザン・タタール語とも呼ばれる。タタールスタン共和国の外にも、ウクライナトルコ中国など広い範囲に話者が分布している。ロシア連邦内の話者は約520万人(2015年)。

系統[編集]

系統的にはテュルク諸語キプチャク語群に属する。バシキール語カザフ語などに近い。

3つの主要な方言

に大別される。

クリミア・タタール語は、同じキプチャク語群に属するがその中では系統の異なる別言語である。シベリアタタール語は、独立した言語であるか論争あり。

特徴[編集]

形態法は膠着的母音調和を持つ。語彙にはアラビア語ペルシア語ロシア語からの借用語が多い。

音声[編集]

子音[編集]

タタール語の子音音素[1]
両唇音 唇歯音 歯茎音 後部歯茎音 歯茎硬口蓋音 硬口蓋音 軟口蓋音 口蓋垂音 声門音
鼻音 m n ŋ
破裂音 無声音 p t k q (ʔ)
有声音 b d ɡ ɢ
破擦音 無声音 (t͡s) (t͡ʃ)
摩擦音 無声音 f s ʃ ɕ χ h
有声音 (v) z ʒ ʑ ʁ
接近音 w l
ɫ
j
ふるえ音 r

括弧内のものは主にロシア語、アラビア語、ペルシア語などに由来する借用語に見られる発音。

母音[編集]

タタール語の母音音素[2]
後舌母音 前舌母音
非円唇 円唇 非円唇 円唇
u i ʉ
ɤ̆ ŏ ĕ ɵ̆
a æ

正書法[編集]

20世紀まではアラビア文字を用いて表記されてきたが、1927年ラテン文字アルファベットが制定された。1939年にはキリル文字による表記に改められた。1999年9月15日、タタールスタン共和国の国会は、再びラテン文字のアルファベットによる正書法を復活させることを決定し、2001年9月1日より実行に移された。現在、2011年までの目標で、キリル文字からラテン文字の表記への移行が進められている。

しかし、この動きを受けて、ロシア上院は2002年、「ロシア連邦内のすべての言語の表記はキリル文字に基づくものでなければならない」という緊急の決定を採択した。また、2004年10月には、ロシア連邦憲法裁判所が、タタール語の地位に関する問題を討議している。憲法裁判所は、2004年11月16日に、連邦内の諸言語の表記の制定についてのロシア連邦の立法府の権利を認める判断を下している。

現代のアルファベット[編集]

А а Ә ә Б б В в Г г Д д Е е Ё ё
Ж ж Җ җ З з И и Й й К к Л л М м
Н н Ң ң О о Ө ө П п Р р С с Т т
У у Ү ү Ф ф Х х Һ һ Ц ц Ч ч Ш ш
Щ щ Ъ ъ Ы ы Ь ь Э э Ю ю Я я  
大文字 小文字 文字の名前 発音 (IPA)
А а а [ɑ]
Ә ә ә [æ]
Б б бе [b]
В в ве [w, v]
Г г ге [g, ɢ, ʁ]
Д д де [d]
Е е йе [jĕ, ĕ, jɵ̆, ɵ̆]
Ё ё йо [jŏ]
Ж ж же [ʒ]
Җ җ җе [ʑ]
З з зе [z]
И и и [i, ij]
Й й кыска и [j]
К к ка [k, q]
Л л эл [l, ɫ]
М м эм [m]
Н н эн [n]
Ң ң эң [ŋ]
О о о [ŏ]
Ө ө ө [ɵ̆]
大文字 小文字 文字の名前 発音 (IPA)
П п пе [p]
Р р эр [r]
С с эс [s]
Т т те [t]
У у у [u, w, uw]
Ү ү ү [ʉ, w, ʉw]
Ф ф эф [f]
Х х ха [χ]
Һ һ һе [h]
Ц ц це [t͡s]
Ч ч че [ɕ, t͡ʃ]
Ш ш ша [ʃ]
Щ щ ща [ɕː]
Ъ ъ катылык билгесе [ʔ]
Ы ы ы [ɤ̆, ŏ]
Ь ь нечкәлек билгесе [ʔ]
Э э э [ĕ, ʔ]
Ю ю йу [ju, jʉ, juw, jʉw]
Я я йа [jɑ, jæ]
  • К, Г, Л の音は、近接する母音の音価によって変化する[3]
    • К – 前後いずれかに а, о, у, ы の母音と接続する場合あるいは直後に ъ を伴う場合、/q/ と発音される。それ以外は、/k/ と発音される。
      • ただし語末で -кь と綴られる場合は常に /k/ と発音される。
    • Г – 前後いずれかに а, о, у, ы の母音と接続する場合あるいは直後に ъ を伴う場合、/ɢ~ʁ/ と発音される。それ以外は、/g/ と発音される。
      • ただし語末で -гь と綴られる場合は常に /g/ と発音される。
    • Л – 前後いずれかに а, о, у, ы の母音と接続する場合、/ɫ/ と発音される。それ以外は、/l/ と発音される。
  • Ю, Я の音は、直後あるいは子音字を1つ挟んだ位置に ь を伴う場合、あるいは他の前舌母音と同一語中で用いられた場合、それぞれ /jʉ/, /jæ/ と発音される。それ以外は、それぞれ /ju/, /jɑ/ と発音される。ただし語形変化に伴い語末の ь が除かれた場合はこの限りではない[4]
  • 後舌母音字は、以下の条件下において対応する前舌母音として、ый/i/ とそれぞれ発音される。これらは歴史的綴りによるものを除き上述の К, Г の発音に関する正書法上の都合によるものである[5]
    • 直後あるいは子音字を1つ挟んだ位置に ь を伴う場合。
      • 語末が ь となる語に母音で終わる接尾辞が続く場合、表記上 ь を取り払ってから接尾辞を続けるが、発音上接尾辞の直前にある後舌母音字はそのまま前舌母音として発音される。
    • アラビア語やペルシア語由来の借用語の一部。なお一部の語においては前後いずれにも К, Г がないにもかかわらず語中の後舌母音字が対応する前舌母音として発音される場合もある。
  • ОӨ はそれぞれ借用語を除き語頭にしか現れない。語中、語末において /ŏ/ の音を表す場合は Ы を、/ɵ̆/ の音を表す場合はЕをそれぞれ用いる[6]
  • Е は語頭においては母音 /e/ として、語中および語末においては子音 /ʔ/ として、それぞれ扱われる[7]
  • 声門閉鎖音 /ʔ/ を表す文字 Ъ, Ь, Э の使い分けは以下の通り[8]
    • 後舌母音字を含む閉音節の末尾には ъ を用いる。
    • 前舌母音字を含む閉音節の末尾には ь を用いる。
    • 開音節の末尾には э を用いる。
  • 語末において、И は末尾に /j/ が、У, Ү, Ю はそれぞれ末尾に /w/ がそれぞれ付加した発音となる。そのためこれらの母音字で終わる語は文法上子音字で終わる語と同等の語形変化を行う事になる[9]
    • У, Ү, Ю については他の母音の直前に置かれた場合にも直後に子音 /w/ の挿入された発音となる[10]
  • 上記にかかわらず、ロシア語由来の借用語においては古い時期にタタール語に取り入れられた語を除いてロシア語正書法に基づいた発音がなされる[11]

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 櫻間瑞希、菱山湧人『ニューエクスプレスプラス タタール語(CD付)』白水社、2023年1月5日。ISBN 978-4-560-08956-9 

脚注[編集]

  1. ^ 櫻間&菱山 2023, pp. 16–24
  2. ^ 櫻間&菱山 2023, pp. 14–16
  3. ^ 櫻間&菱山 2023, pp. 17, 19, 22
  4. ^ 櫻間&菱山 2023, pp. 21, 23
  5. ^ 櫻間&菱山 2023, pp. 23–24
  6. ^ 櫻間&菱山 2023, pp. 14–15
  7. ^ 櫻間&菱山 2023, pp. 14, 20
  8. ^ 櫻間&菱山 2023, pp. 20, 22–23
  9. ^ 櫻間&菱山 2023, pp. 21–22
  10. ^ 櫻間&菱山 2023, p. 21
  11. ^ 櫻間&菱山 2023, p. 24

外部リンク[編集]