チェス

チェスセット

チェス: chessペルシア語: شطرنج‎ / šaṭranj シャトランジ)は、二人で行うボードゲームマインドスポーツの一種である。白・黒それぞれ6種類16個の駒を使って、敵のキングを追いつめるゲームである。チェスプレイヤーの間では、その文化的背景などからボードゲームであると同時に「スポーツ」でも「芸術」でも「科学」でもあるとされ[1]、ゲームで勝つためにはこれらのセンスを総合する能力が必要であると言われている[2]

概要[編集]

非常に古い歴史を持つゲームであり、様々な媒体を通して盛んである。現在では欧米圏のみならず、全世界150か国以上で楽しまれている。カードゲームなども含めたゲーム全般においてもブリッジと並んで最も多くプレイされている。

1935年チェス五輪の記念バッジ

チェスの起源には諸説があるが、一般的には古代インドの戦争ゲーム、チャトランガが起源であると言われている[3][4]。日本においては、同じチャトランガ系統のゲームである将棋の方が遥かに競技人口が多く[5]、両者は基本的なルールが似ていることから、チェスは西洋将棋または国際将棋と訳されることがある[4][6][7][8]。一方で、チェスと将棋はチャトランガが異なるルートで東西に伝播しつつ独自の変遷を遂げたものであるとされ[4][7]、盤の広さや駒の性能、取った駒の扱いに関するルールの違いなどから、両者は似て非なるゲームであるとも評される[9]。 競技としてのチェスは、頭脳によるスポーツの代表格でもある。遊戯としての側面のほかに、ARISF加盟IOC承認スポーツであるなど、スポーツとしての側面も持つ。

ゲーム理論では、二人零和有限確定完全情報ゲームに分類される[10]

用具[編集]

チェスの駒とボード
チェス
キング
クイーン
ルーク
ビショップ
ナイト
ポーン

最低限必要な物

  • チェスボード:縦横8マスずつに区切られた、64マスの市松模様の正方形の盤。「チェス盤」とも呼ばれている。
  • チェスピース:6種類の動き方が異なるの総称。全体の駒の数は、白黒あわせて32個。公式戦では、イギリスジャック・オブ・ロンドンが販売したことで定着したスタントンチェスセットと呼ばれる駒が使用される。各人、キングx1、クイーンx1、ビショップx2、ナイトx2、ルークx2、ポーンx8、あわせて16個をもつ。敵味方の識別はその色で行う(将棋のように駒の向きではない。また、チェスの駒の向きは関係ない。例のナイトの駒は左向きであるが特に意味は無い。)。

公式戦などで必要になる物

チェスの遊び方(概略)[編集]

駒の初期配置
abcdefgh
8
a8 black rook
b8 black knight
c8 black bishop
d8 black queen
e8 black king
f8 black bishop
g8 black knight
h8 black rook
a7 black pawn
b7 black pawn
c7 black pawn
d7 black pawn
e7 black pawn
f7 black pawn
g7 black pawn
h7 black pawn
a2 white pawn
b2 white pawn
c2 white pawn
d2 white pawn
e2 white pawn
f2 white pawn
g2 white pawn
h2 white pawn
a1 white rook
b1 white knight
c1 white bishop
d1 white queen
e1 white king
f1 white bishop
g1 white knight
h1 white rook
8
77
66
55
44
33
22
11
abcdefgh
  • ゲームは2人のプレイヤーにより、チェスボードの上で行われる。
  • 白が先手、黒が後手となる。
  • 双方のプレイヤーは、交互に盤上にある自分の駒を1回ずつ動かす。パスをすることはできない。
  • 味方の駒の動ける範囲に敵の駒があれば、それを取ることができる。
    • ただしポーンだけは、敵の駒を取れる範囲が通常の移動範囲と異なる。
  • 敵の駒を取った駒は、取られた駒のあったマスへ移動する。
    • これはポーンも同じだが、ポーン同士によるアンパッサンは例外である。
    • 取られた駒は盤上から取りのぞき、以降そのゲームが終わるまで使用しない。
  • ナイトと、キャスリング時のキング・ルークを除き、駒は他の駒を飛び越して移動することはできない。
  • キングは、敵の駒が利いている(直後の手で取られるような)場所には移動することができない。
  • 相手のキングに、自分の駒を利かせて取ろうとする手を「チェック」と呼ぶ。
    • この状態では、相手側は次の手ですぐにキングの安全を確保しなければならない。
    • キングが次の手で絶対に逃げられないように追い詰めたチェックのことを「チェックメイト」と呼び、この手を指したプレイヤーの勝ちになる。
  • 以下の場合はすべて引き分けとなる。
    • ルール上動かせる駒がなくなったがチェックにはなっていない状態「ステイルメイト」になった場合
    • どちらもチェックメイトができなくなるほどにコマを失った場合
    • 永久王手など、同一の局面が3回生じる千日手が指摘された場合

チェスの歴史(概略)[編集]

テンプル騎士団
フィリドール
  • 16世紀、ほぼ現在と同じルールに固定された。「アンパッサン」、「ツークツワンク」、「キャスリング」などの用語がヨーロッパ各地の言語で生まれていることからもわかるように、ヨーロッパ各地でルールが発展していった。
  • 17世紀には、チェスは娯楽として普及。資産家をスポンサーとして競技されるようになる。
  • 1749年フィリドールが『フィリドールの解析』を著し、「ポーンはチェスの魂である」との言葉を残す。
  • 1857年、ポール・モーフィーが、アメリカのチェス大会で優勝。翌年ヨーロッパに渡り、ここでも圧倒的勝利を収めている。
  • 1886年ヴィルヘルム・シュタイニッツがツケルトートを破り、「公式」な世界チャンピオンとなる。
  • 1935年、アレヒンが1937年にタイトルを奪回、1946年に死去するまでチャンピオンの地位にあった。このアレヒン以降は、ソ連-ロシアのプレーヤーがチャンピオンを保持し続ける時代が長かった。
  • 1972年ボビー・フィッシャーが、ボリス・スパスキーを破ってチャンピオンの座に就く。フィッシャーは「米国の英雄」とも呼ばれたが、1975年防衛戦の実施方法を巡ってFIDEと対立。タイトルを剥奪された。
  • 1997年FIDEは国際オリンピック委員会(IOC)の勧告を受け入れ、挑戦者制をトーナメント制に改めた。
  • 2000年、インドのアナンドが優勝。初めてチェス発祥の地にチャンピオンが誕生した。

戦い方[編集]

チェスの戦いは、基本的に「戦略(Strategy)」と「戦術(Tactics)」の2つの面で考えられる。「戦略」は、局面を正しく評価し、長期的な視野に立って計画を立てて戦うことである。「戦術」は、より短期的な数手程度の作戦を示し、「手筋」などとも呼ばれる。戦略と戦術は、完全に切り離して考えられるものではない。多くの戦略的な目標は戦術によって達成されること、戦術的なチャンスはそれまでの戦略の結果として得られることが多いからである。

駒の配置[編集]

ゲームの目的は、相手のキングを詰めることである。したがって、まず有利な局面を作ることが目標とされる。局面の優劣を評価する上で重要な要素は、駒を得すること(マテリアルアドバンテージ)と、駒がよい位置を占めること(ポジショナルアドバンテージ)である。

マテリアルアドバンテージ[編集]

取られた駒を永久に排除されるチェスにおいては、相手より駒が多いか少ないかが重要な意味をもつ。駒の価値は目安として、ポーン = 1点、ナイト = 3点、ビショップ = 3点強、ルーク = 5点、クイーン = 9点とされ、合計点数が1点でも違うと、特に終盤では大きな差となる。合計点数が多いことを、マテリアルアドバンテージ(material advantage)をもつという。多くの場合ポーン(P)を1個多く奪われることは、勝敗に大きく影響する。終盤では、ポーンがクイーンになるプロモーションの争いとなることが多いからである。このため、7段目に進んだポーンを3点に評価する考え方もある。またビショップは盤上半数のマスには進めないため、自分にだけ2つのビショップが揃っている場合は6点ではなく7点近くに評価する考え方もある。これをツービショップ、またはビショップペアという。

ポーンの形[編集]

  • ポーンは後退できない駒なので、前進には慎重さを要する。動きの制約が最も大きく狙われても容易に逃げることができないので、ポーンが狙われにくい配置であることが重要である。
  • ポーンによってキングを安全にし、他の駒のための空間を確保し、重要なマスを支配することも大きな要素である。

戦術[編集]

戦術は、1手から数手程度で完結する短期的な戦い方の技術である。戦術では「先を読む」ことが重要で、コンピュータが得意とする分野である。戦術においてよく用いられる基本的な手段としては、フォーク(両取り)、ピンディスカバードアタック、スキュア(串刺し)、ツークツワンクなどがある。戦術のなかでも、駒の犠牲を払って優位な形やチェックメイトを狙うものは、「コンビネーション」と呼ばれている。

ゲーム全体の流れ[編集]

チェスの1局は、序盤・中盤・終盤の3つの局面に分けて考えられることが多い。序盤 (Opening) は多くの場合、開始10手から25手程度を指し、対局者が戦いに備えて駒を展開する局面である。中盤 (middlegame) は多くの駒が展開され、局面を優位にコントロールするために様々な戦術が用いられる。終盤 (endgame) は、大部分の駒が交換され盤上から無くなった局面で、キングが戦いにおいて重要な役割を担う。盤上の駒の数がゲームの進行に伴って不可逆的に減少するチェスにおいては、駒の数が減った場合における完全解析のプロジェクトが進行しており、2018年までに「白黒双方のキングと残り5駒を加えた盤上7駒」までの状況について完全解析が完了し、「テーブルベース」としてデータベース化されている。

チェスの戦い方を表す格言として、「序盤は本のように、中盤は奇術師のように、終盤は機械のように指せ」[注釈 1]という言葉がある。これは序盤を既に確立された序盤定跡に忠実に従うことを「本」、中盤以降は記憶に頼ることが難しくなるため、そこで要求される巧みさや機転を「奇術」にたとえている。終盤の「機械」とは、特にチェックを意識する最終盤における読みの深さ、ミスを犯さない冷静沈着な精神などを指す。

形勢判断[編集]

前述の通り、形勢判断に最も重要な要素は、残存戦力、すなわち残っている駒の数である。次いで駒の働き、キングの安全性が判断材料となる。

序盤[編集]

  • 序盤定跡
    • 序盤定跡については、Batsford Chess Openings 2 (BCO2)[12] や、Modern Chess Openings(MCO)[13] が詳しい。
  • 序盤の原則
    • 中央支配
      中央を支配することは要点の一つである。中央を支配することによって陣地が広がるので、自分の駒は移動の選択肢が増え、相手(敵)の駒は移動の選択肢が少なくなる。
      白の二つのポーンが d4 と e4 に並ぶか、c4, d4 または e4, f4 に並ぶファランクスは白にとって一つの理想であり、最初の数手はこれをめぐる争いであることが多い。定跡 Queen's Gambit Declined (1. d4 d5 2.c4 e6) の 2.c4 (gambit) は、もし黒が 2.… dxc4 と取れば 3. e4 としてファランクスを作る意図であるし、そうしない 2. … e6 (declined) は、中央を守ろうとするものである。
    • マイナーピースの展開とイニシャティブ
      数多くのマイナーピース(ナイトとビショップ)を早く中央寄りに繰り出すことも重要である。最初の位置よりも中央寄りであるほうが、利きが及ぶ点が多く、駒の力を活かすことになる。
      さらに、敵の駒に利きを及ぼすことによって、敵の手が制限されてくる。狙われた駒が守られていない駒ならば、それを守る手が必要になるし、狙われた駒が既に守られている駒であっても、その駒を守っている駒が動かせなくなるという制限を受けることになる。つまり、敵の手の選択肢が減ってくる。このような状態をイニシャティブを取った状態という。
      Ruy Lopezの 1. e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bb5 という動きはこれらの原則の典型である。

競技人口[編集]

2018年現在、世界全体でルールを知る人は推定約7億人とされ、もっとも広く親しまれているゲームのひとつである。世界チェス連盟 (FIDE) 所属の登録競技者数は2018年現在で36万人である[14]

日本語の情報環境[編集]

将棋のトッププロ棋士・羽生善治は趣味でチェスを行いFIDEマスター位を有する、日本国内屈指の強豪である。羽生は2005年の著書『上達するヒント』の中で、「私は趣味でチェスをするのですが、日本ではプレイする人が少ないので、母国語(日本語)のチェスの本はほとんど出版されていません。ですから、海外で将棋を愛好する人達が母国語の将棋の本がとても少なく、情報が少なくて物足りない気持ちは十分理解できるつもりです。」と記した[15]。ただし2005年以降に出版点数は増えている。それ以前も合わせて複数のチェス書(翻訳書を含む)を出した出版社として日東書院河出書房新社白水社毎日コミュニケーションズ(現社名マイナビ)、山海堂(解散)、チェストランス出版、アンパサンチェス研究会、デイリー子供クラブなどがあり、ほかに自費出版のものもあり、これらの一部は電子書籍化されている。加えて世界的なネット対戦サイトの Chess.comLichess、その携帯用アプリでもインターフェースや一部の教材が日本語化され、日本語でのチェス学習環境は大きく進歩している。

称号[編集]

終身称号 備考
グランドマスター 男子 GM, 女子 GMW
インターナショナルマスター 男子 IM, 女子 IMW
FIDEマスター 男子 FM, 女子 FMW
国際審判 IA
通信チェスグランドマスター ICCF GM
通信チェスシニアインターナショナルマスター ICCF SIM
通信チェスインターナショナルマスター ICCF IM
期間称号 備考
各種世界チャンピオン 国際チェス連盟が定める規約に従って選出された者
各種国内チャンピオン 国際チェス連盟加盟国協会が定める規約に従い選出された者

通信チェス(概略)[編集]

通信チェスの概要[編集]

  • 「通信チェス」とは遠距離の相手と、通信を用いて行うチェスの対局を指す。一つのゲームが一日以内で終了するケースはごくまれで、数日・数週間・数ヶ月かかるのが一般的である。
    • OTB:「Over-The-Board chess」のこと。対局者とボードを挟んで、リアルタイムにプレイする通常のチェスを指す。
    • 通信チェス:「Correspondence chess」のこと。一般郵便・Eメール・専用サーバなどの通信手段を用いて行われる。
  • ゲームの勝敗はすべて管理組織に報告され、レイティングや次の対局などに反映される。
  • 通信チェスの世界最大の組織は、ICCF(国際通信チェス連盟)[注釈 2] である。日本では、ICCF公認のJCCA(日本通信チェス協会)[注釈 3] が管理している。
  • JCCAは、以前はJPCA(日本郵便チェス協会)[注釈 4] と呼ばれていた。
  • インターネットが普及する以前は郵便でのやりとりが多かったため、日本では「郵便チェス」の名で親しまれていた。現在はEメールやWebサーバを使用しての対局が多くなり、変更された組織の正式名称にあわせて「通信チェス」と呼ばれている。

通信チェスの特徴[編集]

  1. 対局は同時刻に行われず、双方が一手一手異なる時間帯にプレイする。
  2. 持ち時間が時間 (Hour) ではなく、日数 (Day) 単位で規定されている。
  3. ゲームの対局中でも、書籍やデータベース・ソフトの利用が公認されている。

コンピュータ・チェス[編集]

ゲームとしての数学的特性[編集]

チェスの盤面状態の種類は1050程度、ゲーム木の複雑性は10123程度と見積もられている[16]

他のゲームでは、盤面状態の種類は、チェッカーが1020程度[17]リバーシが1028程度[17]シャンチーが1048程度[18]将棋が1071程度[18]囲碁が10170程度[19] となっており、チェスは、囲碁、将棋の次に大きな値である。

同様に、ゲーム木複雑性は、チェッカーが1031程度、リバーシが1058程度[20]、シャンチーが10150程度[18]、将棋が10226程度[18]、囲碁が10400程度[18]となっており、チェスは囲碁、将棋、シャンチーの次に大きな値である。

ゲーム理論では、チェスのようなゲームは二人零和有限確定完全情報ゲームに分類される[10]。理論上は完全な先読みが可能であるこの種のゲームでは、双方のプレーヤーがルール上可能なあらゆる着手の中から最善手を突き詰めた場合、先手必勝、後手必勝、ないし引き分けのいずれかの結果が最初から決まってしまうことがエルンスト・ツェルメロによって証明されている[21]

チェスの初手から最終手までにルール上可能な着手は、1950年クロード・シャノン[22] によって10120と試算されている。その全てを網羅し必勝戦略を導き出すことはいまだ実現に至っていないものの、コンピュータにチェスをさせるという試みはコンピュータの黎明期から行なわれており、コンピュータの歴史と、コンピュータチェスの歴史は並行して歩んできた。

コンピュータ・チェスの考案[編集]

トルコ人。「メルツェルの将棋指し」として有名なチェス人形だったが実は人力だった

機械にチェスを指させることは、コンピュータが発明される以前から人々の目標となっていた。

1769年にハンガリーのヴォルフガング・フォン・ケンペレントルコ人という名の人形を製作した。この人形は、熟練者級のチェスの腕を持ち、ナイト・ツアーをこなすこともできた。しかし、実際にはトルコ人は中に人間が入って操作するイリュージョンであった。チェスを指す人形を題材にしたイリュージョンは、他にもアジーブ英語版メフィスト英語版など様々なものがあった。

1840年代に数学者のチャールズ・バベッジは、機械にゲームをプレイさせるためのアルゴリズムを考案した。しかし、チェスのような複雑なゲームをプレイさせることは現実的ではないとして、チェスのアルゴリズムの考案を断念した。

1912年スペインの技術者レオナルド・トーレス・ケベードが、世界で初めて自動でチェスをプレイする機械「エル・アヘドレシスタ」の開発に成功した。エル・アヘドレシスタは、3種類の駒のみで構成されたエンドゲームをプレイすることができた。一方、初期配置からチェックメイトまでを通してプレイするためにはコンピュータ科学の発展を俟たなければならなかった。

1936年に数学者のアラン・チューリングが抽象的なコンピュータの概念であるチューリングマシンを考案すると、これを機に様々なアルゴリズムが整備されるようになり、1945年にドイツのコンラート・ツーゼがチェスプログラムのアルゴリズムについて世界で初めて言及した。1949年ベル研究所クロード・シャノン評価関数探索木などの概念を確立し、チェスのアルゴリズムの大枠を完成させた。1951年にはチューリングがチェスのアルゴリズムに基づき、初期配置からチェックメイトまでのプレイができることを示した。もっとも、これらのチェスアルゴリズムは、電子的に実装されたものではなく、アルゴリズムの手順に従って紙と鉛筆を使って手計算を繰り返すことで、チェスのプレイが可能であることを示したものである。

1945年に数学者のジョン・フォン・ノイマンノイマン型コンピュータを考案し、チューリングマシンを具体化する方法を提示すると、電子回路によってコンピュータを実装することが可能になり、1950年代前半にかけて、コンピュータが次々と製作された。コンピュータが制作されたことでツーゼ、シャノン、チューリングらが考案したチェスアルゴリズムを電子的に動作させることができるようになり、1956年ロスアラモス研究所がコンピュータ上で6×6のミニチュアボードでチェスをプレイするプログラムを実装した。これにより、コンピュータ・チェスが確立した。

コンピュータ・チェスの発展[編集]

黎明期の1950年代のチェスプログラムはとても弱く、人間の頭脳で判断すればすぐに愚かなものだと判断がつくような手を連発するものが多く、人間の中級者(どころか初心者)でも簡単に打ち負かすことができるようなマシン(プログラム)ばかりであった。最も強い部類でもMac Hack VI(マックハック)でせいぜいレーティングは1670と言われる程度にすぎなかった。当時、果たして将来的にでも人間の一流プレーヤーを破ることができるようなプログラムができるのか、という点に関して非常に疑問視されていた。1968年にはインターナショナル・マスターのデイヴィッド・レヴィは「今後10年以内に自分を破るようなコンピュータは現れない」というほうに賭ける賭けを行い、実際1978年に当時最強の<チェス4.7>と対戦し、それに勝った。ただし、当時レヴィは遠くない未来に自分を越えるコンピュータが現れるかもしれない、との感想を漏らした。そして、レヴィがエキシビションマッチでディープ・ソートに敗れたのは1989年のことであった。

カスパロフ

コンピュータと人間の力関係の象徴的なものとして世界中の注目を集め、そして結果として人々に深い印象を残したのは、IBMのディープ・ブルーガルリ・カスパロフの対戦であった。1996年に両者の対戦が行われたところ、6戦の戦績として、カスパロフ(人間の世界チャンピオン)の側の3勝1敗2引き分けで、人間側の勝利であった(人間の世界チャンピオンの頭脳のほうが、世界最強のチェスマシンよりも強いことを知り喜んだり快く思う人、「ほっとした」人も多かった)。ただし、コンピュータチェスを推進する人々からは、初めて人間の世界チャンピオンから1局であれ勝利を収めた、という点は評価された。1997年、ディープ・ブルーが再度ガルリ・カスパロフと対戦し、ようやく初めて世界チャンピオンに勝利を収め、コンピュータチェスの歴史に残る大きな節目(あるいは人類の意味の歴史の一こま)として大々的に報道された。勝利したIBM側は、格好の宣伝材料としてこの出来事を利用し、すぐにディープ・ブルーを解体してしまい、それとの再戦(リベンジ戦、名誉回復戦)はできない状態にしてしまった[注釈 5]

クラムニク

その後のコンピュータと人間の対戦の際立ったものを挙げると、2002年10月に行われたウラジーミル・クラムニク(露)とコンピュータソフト「ディープ・フリッツ」とのマッチでは、両者が引き分け、2003年01月26日から2月7日までニューヨークで行なわれたカスパロフと「ディープ・ジュニア」とのマッチも、1勝1敗4引き分けで両者引き分けに終わり、2003年11月11日から11月18日まで行なわれたカスパロフと「X3Dフリッツ」のマッチも、1勝1敗2引き分けで両者引き分けに終わったこと、また2006年10月に統一世界チャンピオンとなったクラムニクとディープ・フリッツとの6ゲームマッチが、2006年11月25日から12月5日までボンで行なわれ、ディープ・フリッツが2勝4引き分けでマッチに勝ったことなどが挙げられよう。

こうして、今日では人間のチャンピオン対コンピュータの対戦もよく行われている。また上記のような特殊なチェス専用マシンでなくても、市販のPCやスマートフォン上で走るチェスプログラムも強力となっており、対戦して楽しんでいるファンも多い。

チェスを扱った作品[編集]

文学[編集]

リュバン・ボージャン, チェス盤のある静物
オノレ・ドーミエ,
チェスをする人

美術および音楽[編集]

西洋の絵画、特に17世紀までのヴァニタスをはじめとする寓意的な静物画には、触覚を示す比喩として、チェスボードや駒が描かれる事がある。また、近現代においては、マルセル・デュシャンは自身もチェス・プレイヤーをしていた経歴をもち、作品に度々登場させている。現代音楽では、ジョン・ケージ(チェスに関してはデュシャンの弟子でもある)が、チェスボード上を動く駒の音を作品に取り入れた例がある。

舞台作品[編集]

映画[編集]

チェスを主題とした作品[編集]

英語版のカテゴリ(en:Category:Films about chess)も参照

チェスの場面がある作品[編集]

テレビ[編集]

チェスを主題とした作品[編集]

チェスの場面がある作品[編集]

漫画[編集]

チェスを主題とした作品[編集]

チェスの場面がある作品[編集]

  • 山本亜季『HUMANITASヒューマニタス』第2章「冷戦下・旧ソ連のチェス王者・ユーリ」
  • 三条陸(原作)、稲田浩司(作画)、堀井雄二(監修)『DRAGON QUEST -ダイの大冒険-』 - 大魔王が嗜んでいるほか、作中ではチェスの駒をもとに、ハドラー親衛騎団と呼ばれる五体の金属生命体が生み出される。アニメ放送期間中にはファン向けにシルバー製チェスセットが数量限定販売された。

アニメーション[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ この格言の出典については、チェルネフとスピールマンの二説がある。前者は「最新図解チェス」(渡井美代子、日東書院)などに、後者は英語版ウィキクオートなどに記載されている。
  2. ^ ICCF:International Correspondence Chess Federation
  3. ^ JCCA:Japan Correspondence Chess Association
  4. ^ JPCA:Japan Postal Chess Association
  5. ^ その後、人間がコンピュータに負けにくいアリマアという新しいボードゲームが考案された。

出典[編集]

  1. ^ チェスの本』フランスワ・ル・リヨネ 成相恭二訳 白水社 ISBN 4-560-05603-X
  2. ^ 松本康司「チェスの妙味(解説篇)」『チェスの名人になってみないか 図解チェス入門』青年書館、1980年3月、20頁。全国書誌番号:80023310 
    ロフリン (1977, 日本語版への序)
  3. ^ ロフリン (1977, p. 2)
  4. ^ a b c d 村上耕司 (1 January 2006). "将棋の起源". 朝日現代用語 知恵蔵2006. 朝日新聞社. pp. 999–1000. ISBN 4-02-390006-0
  5. ^ 松田道弘 (1993, p. 323)
  6. ^ 倉田操「チェスについて」『ゲームとチェスの遊び方』(9刷)虹有社、1981年7月10日、103頁。全国書誌番号:93009517。"我国では,チェスのことを,将棋によく似ているところから「西洋将棋」とも言っております。"。 
  7. ^ a b 増川宏一「チェス」『盤上遊戯』(初版)法政大学出版局〈ものと人間の文化史(29)〉、1978年7月10日、137頁。ISBN 978-4588202919 
  8. ^
  9. ^ “第22回朝日オープン将棋選手権 五番勝負第2局”. asahi.com (朝日新聞社): p. 第7譜. (2004年5月8日). http://www.asahi.com/shougi/open22/5ban02/07.html 2009年11月7日閲覧。 
  10. ^ a b Davis, Morton.D 著、桐谷維、森克美 訳「第2章 完全情報・有限・2人・ゼロ和ゲーム」『ゲームの理論入門 チェスから核戦略まで』(第46刷)講談社ブルーバックス〉、1973年9月30日(原著1970年)、31-32頁。ISBN 4-06-117817-2。"ゲームの理論家の眼から見れば、チェス・ゲームの例には四つの本質的要素がある。(中略)これら四つの特性を持つゲームは「完全情報・有限・2人・ゼロ和ゲーム」と言われる。"。 
  11. ^ 松田道弘 (1993, pp. 206–262)
  12. ^ Garry Kasparov, Raymond Keene (1989). Batsford Chess Openings 2, Henry Holt and Company. ISBN 0-8050-3409-9.
  13. ^ Nick De Firmian (1999). Modern Chess Openings: MCO-14, Random House Puzzles & Games. ISBN 0-8129-3084-3.
  14. ^ Chess.comの記事「チェスを指す人は世界で何人?」
  15. ^ 羽生善治『上達するヒント』 2005年刊。p.3 まえがき
  16. ^ Yen, Chen, Yang, Hsu (2004) "Computer Chinese Chess" Archived 2015年7月9日, at the Wayback Machine.
  17. ^ a b 美添一樹「モンテカルロ木探索-コンピュータ囲碁に革命を起こした新手法」『情報処理』第49巻第6号、2008年6月15日、686–693頁。 
  18. ^ a b c d e Yen, Chen, Yang, Hsu (2004) "Computer Chinese Chess"
  19. ^ Combinatorics of Go”. tromp.github.io. John Tromp, Gunnar Farneback. 2018年12月22日閲覧。
  20. ^ Searching for Solutions in Games and Artificial Intelligence
  21. ^ Davis, Morton.D 著、桐谷維、森克美 訳「第2章 完全情報・有限・2人・ゼロ和ゲーム」『ゲームの理論入門 チェスから核戦略まで』(第46刷)講談社ブルーバックス〉、1973年9月30日(原著1970年)、36-37頁。ISBN 4-06-117817-2 
  22. ^ Claude Shannon (1950). “Programming a Computer for Playing Chess”. Philosophical Magazine 41 (314). http://archive.computerhistory.org/projects/chess/related_materials/text/2-0%20and%202-1.Programming_a_computer_for_playing_chess.shannon/2-0%20and%202-1.Programming_a_computer_for_playing_chess.shannon.062303002.pdf. 

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]