デザイナーフーズ計画

デザイナーフーズ計画: designer foods program)とは、1990年代にアメリカ国立癌研究所 (NCI)を中心に、植物に含まれる化学物質ファイトケミカル)の中でがんを予防するために役に立つ可能性のあるものを特定し、それを加工食品に加える目的で実施された計画である[1][2]。この食品の機能性を探求する試みは、それまでに行われた観察研究の文献調査に基づき、がん予防効果が高いとされる約40種類の野菜や果物をリストアップして終了した[1]。しかし、これらの食品のがん予防効果について、臨床試験では十分な証拠が存在しない[3][4][5][6]

デザイナーフード: designer food)とは、食品中に既に存在する栄養素や他の補完的な栄養素を強化または濃縮し、何らかの健康効果を持つように設計された食品を指し、同義語に「functional Food(機能性食品)」、「fortified food(強化食品)」、「Nutraceutical(栄養補助食品[3]」がある[7][8][9]。デザイナーフードは、バイオテクノロジー生物工学の手法を用いて「デザイン」されたり(例:遺伝子組み換え食品)、人工添加物を用いて「強化」されたりする[8][10]。 ビタミン強化グミハーブ入りクラッカー、抗酸化物質入り清涼飲料水[3]微量多量栄養素を強化したミルクや プロテイン、飼料に介入して栄養を強化した卵、栄養が多くなるよう栽培された植物、プロバイオティクスのような例が挙げられ、この強化プロセスは、 食品強化または栄養強化と呼ばれる[8][10]。デザイナーフードの多くは、時には証明されていない健康強調表示(「スーパーフード」)を伴う[8][10]

歴史[編集]

1980年代、日本で「機能性食品」という用語が生まれ、近代的な栄養補助食品の市場が発展し始めた[11]。機能性食品は、新しい成分または既存の成分を追加することによって、追加の機能(多くの場合、健康増進または疾病予防に関連するもの)を有するように設計され、従来の食品と同様の外観で通常の食事の一部として消費される[12][13]。この用語は、アントシアニンカロテノイドの含有量を増加させた農作物のように、意図的に栽培された形質にも適用できる[14]

1989年、アメリカ国立癌研究所 (NCI)の毒物学者であるハーバート・ピアソン博士が、「デザイナーフーズ」(designer foods)と呼ぶ「がん予防を目的にした新しい加工食品」を開発することを考案した[7]。これは、植物に含まれる天然の化学物質から、がん予防の可能性のある物質を特定・分離し、それらの物質を開発して、焼き菓子やサラダドレッシングなどの加工食品に含有させようというものである[2]ニンニク緑茶などの食物に薬効効果を求める民間療法は中国や日本などさまざまな国で古くから行われてきたが、民間伝承である植物由来の薬効を明らかにし、これを中心にがん予防食品をデザインしようとした[7][1]。ピアソンは、抗酸化物質を含む緑茶に柑橘系のテルペンフラボノイドを加えて、がん予防に効果的な飲料に変身させることなどを思い描いた[1]。これまで科学者たちは、in vitro(試験管内で)や実験動物を用いた実験室での研究から、植物に含まれる化学物質を特定したが、その含有量は少なかった[1]。ピアソンは、互いに作用を高め合う2種類以上の植物化学物質を1つの食品に配合することで、それぞれの化学物質の必要量を少なくし、好ましくない副作用を最小限に抑えることが可能だとした[1]。また、既存の食品に有益な植物化学物質を加えるという彼のアイデアは、通常食されている食品からの抽出物は「一般に安全と認められている」ので、規制当局の承認プロセスが少なくスピードアップが期待できるとした[1]

1990年、NCIを中心とした「デザイナーフーズ計画」(designer foods program) が作成される[7]。この計画が発表されると、大きな産業になるとして食品業界が関心を寄せ、民間企業200社が参加した[1][7]

デザイナーフーズ計画は、臨床試験でがんの予防効果を証明したものではなく、それまでに報告された観察研究の文献調査に基づいている[1][15]。世界中の観察研究の文献を収集し、報告数と研究の信頼度の高さを基準に、がん予防の効果が期待できる食材を精査した[1][16]

10年後、がん予防効果が期待される約40種類の野菜や果物を、期待される効果の強さによりランキングしたリストを発表した後[15]、デザイナーフーズ計画は無くなった[2]

このデザイナーフーズ計画の発表がきっかけの1つになり、リストに含まれる野菜や果物を中心に、食品に含まれるがん予防効果が期待される成分を特定し、その成分をヒトに用いた臨床試験が行われるようになった[17]

課題[編集]

「デザイナーフーズ」「機能性食品」「栄養補助食品」と呼ばれる製品は、健康上の効果があるとされる成分を自然に含むか補強されているが、たとえ健康増進に役立つと証明された成分が含まれていても、その成分が体内で利用できる形であることや、効果を発揮するのに十分な量が含まれているという保証はない[3]米国農務省の研究化学者であるゲーリー・R・ビーチャーは「どの食品もガンに対する特効薬にはなり得ない」と述べている[18]。科学者たちは、ラットで癌を予防することが分かった多くの化学物質が、人間での試験という試練にさらされたときに挫折したと指摘した[18]

果物、野菜、全粒穀物豆類ナッツ類を多く含む健康的な食事の効果が、ファイトケミカル(植物化学物質)から生じるという証拠は限られているか存在しない[19]。例えば、システマティックレビューメタアナリシスでは、ファイトケミカルが乳がん肺がん膀胱がんに効果があるというエビデンスは弱いか、全くないことが示されている[20][21]。米国では、植物性食品の消費ががんにどのような影響を及ぼす可能性があるかについて製品ラベルの文言を制限する規制が存在する[22]ポリフェノールなどのファイトケミカルは、ポリフェノールの摂取と何らかの病気の抑制や予防との間に因果関係を示す証拠がないため、欧米では特に食品表示から除外されている[23][24]トマトのファイトケミカルであるリコピンなどのカロテノイドのうち、米国食品医薬品局は、いくつかの癌タイプのいずれに対してもその効果に関する十分な証拠を見いだせず、結果としてリコピンを含む製品のラベルに記載する表示を制限している[25]

植物のフィトケミカルによる抗酸化力はORAC法などの測定装置で数値化でき[26][27]アメリカ食品医薬品局(USDA)は食品中の抗酸化力(酸素ラジカル吸収能 、ORAC)の値をかつて公開していた[28][29]。しかし、食物に含まれる抗酸化物質の強さが体内の抗酸化作用に関連しているという証拠がないため、2012年に削除された[30]

選定した食品[編集]

デザイナーフーズ計画では、がん予防に有効性があると考えられる約40種類の植物性食品が、ピラミッド状に3段に分けて公開された[17][31][32]。上段の第1段の方が可能性が高いとされており、段内の並び順は可能性の順位とは関係がない[33]

デザイナーフーズ計画によって選定された食品群(重要度順)
第1段:にんにくキャベツ甘草リコリス )、大豆ショウガセリ科の植物(ニンジンセロリパースニップ
第2段: タマネギお茶ウコンターメリック)、玄米全粒小麦亜麻柑橘類果実(オレンジレモングレープフルーツ )、ナス科の植物(トマトナスピーマン )、アブラナ科の植物(ブロッコリーカリフラワー芽キャベツ
第3段: マスクメロンバジルタラゴンカラスムギハッカオレガノキュウリタイムアサツキローズマリーセージジャガイモ大麦ベリー

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j Brody, Jane E. (1991年2月19日). “Fortified Foods Could Fight Off Cancer”. The New York Times. http://www.nytimes.com/1991/02/19/science/fortified-foods-could-fight-off-cancer.html 2022年6月24日閲覧。 
  2. ^ a b c Christine Theisen (2001). “What Ever Happened To . . . Looking Back 10 Years”. JNCI Journal of the National Cancer Institute 93 (14): 1049-1050. PMID 11459863. http://jnci.oxfordjournals.org/cgi/content/full/93/14/1049. 
  3. ^ a b c d CHECKUPS; Foods Containing Many Promises”. nytimes (1999年6月13日). 2022年6月24日閲覧。
  4. ^ Phytochemicals”. オレゴン州立大学ライナス・ポーリング研究所. 2022年6月6日閲覧。
  5. ^ ニンニク” (PDF). 国立健康・栄養研究所素材情報データベース. 2024年1月15日閲覧。
  6. ^ 中村宜督『食品でひく 機能性成分の事典』女子栄養大学出版部、2022年7月28日。ISBN 978-4789509268 
  7. ^ a b c d e 越智宏倫『デザイナーフーズ「食」の21世紀への座標軸』日本食糧新聞社、1995年8月25日。 
  8. ^ a b c d Rajasekaran, A.; Kalaivani, M. (2012-05-22). “Designer foods and their benefits: A review”. Journal of Food Science and Technology (Springer Nature) 50 (1): 1–16. doi:10.1007/s13197-012-0726-8. ISSN 0022-1155. PMC 3550947. PMID 24425882. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3550947/. 
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  11. ^ Shibamoto, Takayuki; Kanazawa, Kazuki; Shahidi, Fereidoon et al., eds (2008). Functional Food and Health. ACS Symposium. p. 993. ISBN 978-0-8412-6982-8 
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  33. ^ 野菜の機能性 デザイナーフーズ 第1回” (PDF). 2003.1.園芸新知識. 2022年6月24日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]