ハートに火をつけて

ハートに火をつけて
ドアーズシングル
初出アルバム『ハートに火をつけて
B面 水晶の舟
リリース
規格 7インチシングル
録音 1966年8月 - 9月
ジャンル サイケデリック・ロック
時間
レーベル エレクトラ・レコード
作詞・作曲 ジム・モリソンロビー・クリーガージョン・デンズモアレイ・マンザレク
プロデュース ポール・A・ロスチャイルド
ゴールドディスク
ゴールドディスク
チャート最高順位
ドアーズ シングル 年表
ブレイク・オン・スルー
1967年
ハートに火をつけて
(1967年)
まぼろしの世界
(1967年)
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ハートに火をつけて
ホセ・フェリシアーノシングル
初出アルバム『Feliciano!
B面 夢のカリフォルニア
リリース
規格 7インチシングル
ジャンル ソフトロック
時間
レーベル RCAビクター
作詞・作曲 ジム・モリソンロビー・クリーガージョン・デンズモアレイ・マンザレク
プロデュース リック・ジャラード
チャート最高順位
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ライト・マイ・ファイア
ウィル・ヤングシングル
初出アルバム『フロム・ナウ・オン
B面 エイント・ノー・サンシャイン
ビヨンド・ザ・シー
リリース
レーベル RCAレコード
BMG
作詞・作曲 ジム・モリソンロビー・クリーガージョン・デンズモアレイ・マンザレク
プロデュース アブソルート
ゴールドディスク
ゴールドディスク英国レコード産業協会
チャート最高順位
ウィル・ヤング シングル 年表
エニシング・イズ・ポッシブル/エヴァーグリーン
(2002年)
ライト・マイ・ファイア
(2002年)
ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード
(2002年)
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ハートに火をつけて」(Light My Fire) は、アメリカロックバンドドアーズの楽曲。1966年8月に録音、1967年1月にバンド名を冠したデビュー・アルバム『The Doors』(邦題『ハートに火をつけて』)に集録した形で発表。後にリカット・シングル。

ビルボード(Billboard)誌では、1967年7月29日に「週間ランキング第1位」を獲得。以後、8月12日まで3週連続で1位。1967年の年間ランキングでは第2位となった。また、翌年の再発盤は最高87位となった。2010年版の「ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500」では35位にランクされた[3]

概要[編集]

長い印象的な間奏と東洋の影響を備えたサイケデリック・ロックジャズ・ロックの初期の代表的作品である(間奏部分はシングルでは出だしと終わり部分を除いてほぼ全てカットされ、曲の長さが2分50秒程に短くなっている)。

作詞・作曲はドアーズ名義となっているが、大部分をギターのロビー・クリーガーが担当したとされ、ボーカルのジム・モリソンが関わった部分は少ないとされる。ロビーは「作詞は殆ど自分がした。ジムは僕が作詞するのをちょっと手伝っただけさ。作曲は僕とレイ(・マンザレク)が主にやった」と述べている。

最初はロビーのギターのみのイントロであったが、後に印象的なレイのオルガンによるイントロに変わった。アルバム『Live at the Matrix 1967英語版』ではギターによるイントロで始まるバージョンを聞くことができる。

シングル版は1967年にアメリカレコード協会(RIAA)から500,000枚出荷についてゴールド賞が授与された[4]。1971年12月時点で、927,000枚の販売で、このバンドの最も売れたシングルであった[5]。2018年9月にはアメリカレコード協会から、2,000,000枚出荷についてプラチナ賞が授与された[4][t 1][t 2]

当曲はそのハーモニーとキャッチーなリズムが、ポップ・ミュージックミドル・オブ・ザ・ロード英語版のスタイルでのカヴァーに向いていた。特にドアーズによる発表から1年後の1968年に発売されたホセ・フェリシアーノによるカバーはヒットし、ビルボード・チャートの3位まで登り、同曲を1968年の「ビルボード・ホット100」の87位に再登場させることになった。また、グラミー賞の最優秀男性ヴォーカル・パフォーマンス賞を受賞した。

主なカバー作品[編集]

資料[編集]

国/地域 認定 認定/売上数
アメリカ合衆国 (RIAA)[4] Platinum 2,000,000[5]

脚注[編集]

トリビア、雑学類
  1. ^ 当曲は「エド・サリヴァン・ショー」での不名誉なパフォーマンスでもよく知られる。ドアーズは出演に先立って麻薬の使用による昂揚感を思わせるような歌詞(「girl, we couldn't get much higher」を「girl, we couldn't get much better」に)を変更するよう依頼され、そのように歌うことを約束したが実際の放送でジムは歌詞を変更せずそのまま歌った。ジムはこれをあまりにも神経質になりすぎたためと釈明した[1]。しかし、司会のエド・サリヴァンは激怒してジムとの握手を拒絶し、バンドは番組に二度と出演することができなかった。
  2. ^ ジョン・デンズモアの回想[2]によれば、ビュイックが1967年のTVコマーシャル(「Come on, Buick, light my fire[3])に曲の一節を使用しようとした。町を離れていたモリソンが、他のメンバーから彼以外の全員がコマーシャルでの使用に合意したことを知らされると、モリソンはビュイックを製造しているゼネラルモーターズに電話をし、「もしコマーシャルを放送するなら、テレビに出てビュイックをハンマーを使ってぶち壊してやる」と脅かした。
出典など
  1. ^ 45cat - The Doors - Light My Fire / The Crystal Ship - Elektra - USA - EK-45615
  2. ^ 45cat - José Feliciano - Light My Fire / California Dreamin' - RCA Victor - USA - 47-9550
  3. ^ The Doors, 'Light My Fire' | 500 Greatest Songs of All Time | Rolling Stone
  4. ^ a b c "American single certifications – Light My Fire". Recording Industry Association of America. {{cite web}}: Cite webテンプレートでは|access-date=引数が必須です。 (説明)
  5. ^ a b “'Doors Sold 4,190,457 Albums': Court Report”. Billboard (Billboard Publications, Inc.) 83 (51): 3. (December 18, 1971). ISSN 0006-2510. https://books.google.com/books?id=Ng8EAAAAMBAJ&pg=PA7 2015年11月30日閲覧。. 
  6. ^ Trini Lopez Featuring The Ventures + Nancy Ames - The Trini Lopez Show (Vinyl, LP, Album) at Discogs
  7. ^ Clarence Carter - The Dynamic Clarence Carter (Vinyl, LP, Album) at Discogs
  8. ^ Young-Holt Unlimited - Just A Melody (Vinyl, LP, Album) at Discogs
  9. ^ Astrud Gilberto - September 17, 1969 (Vinyl, LP) at Discogs

関連項目[編集]

先代
アソシエイション
ウィンディー
Billboard Hot 100 ナンバーワンシングル
1967年7月29日 - 8月12日(3週)
次代
ビートルズ
愛こそはすべて