ブナ

ブナ
新緑のブナの巨木(籾糠山、2013年6月4日)
ブナ Fagus crenata
分類
: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 Angiosperms
階級なし : 真正双子葉類 Eudicots
階級なし : バラ類 Rosids
: ブナ目 Fagales
: ブナ科 Fagaceae
: ブナ属 Fagus
: ブナ F. crenata
学名
Fagus crenata Blume (1850)[1]
シノニム
和名
ブナ、シロブナ[1]、ソバグリ[1]
コハブナ[1]、オオバブナ[1]
英名
Japanese Beech

ブナ(橅[4]・山毛欅[5]・椈[6]学名: Fagus crenata)は、ブナ科ブナ属落葉高木[7][8]。樹皮の色から、別名シロブナともよばれる[9]。落葉広葉樹で、温帯落葉広葉樹林の主要構成種、日本の温帯林を代表する樹木[8]

木材としてはビーチと呼ぶ。材は家具材や曲げ木の椅子に珍重される。

名称[編集]

和名のブナは、漢字で木偏に無と書いて「橅」とされるが、その由来は材が腐りやすく役に立たないからとされる[4]。すなわち、「木では無い」という意味である[10]。また語源については、ブナの林に風が吹き渡ると「ブーン」と鳴ることから、「ブンナリの木」とよばれ転訛したという説もある[11]

別名では、アカブナ[5]、シロブナ[5][7]、ソバグリ[5][8]、ブナグルミ[5]、ヤマエノキ[5]、ヤマブナ[5]、ユズリハ[5]、コハブナ[1]、オオバブナ[1]などともよばれている。別名にソバノキ、ソバグルミなどというのがあるのは、果実があたかも蕎麦(そば)の実の形に似ているためである[12]。また「クルミ」の名がつくことについては、味がクルミに似ていて食用になるからだという説がある[12]

学名の種小名 crenata は、「円鋸歯状の」を意味する[13]

中国語で「山毛欅」とは本種ではなく、中国ブナの一種を指す。「橅」は近年作られた和製漢字で、一般に(日本)ブナの意味に使われている。「椈」も中国ではブナの意味は全くなく、の意味ならあるが、日本ではブナの意味に使われることがある。

分布・生育地[編集]

北海道道南渡島半島を北限に、本州四国九州まで分布する[9][7]温帯落葉広葉樹林を代表する樹木で、「ブナ帯」とよばれる森林区分を形成することでも知られ、山地にふつうに見られる[9]。世界遺産に認定されている、青森県津軽平野から秋田県能代にかけての白神山地は、最大級のブナの原生林としてよく知られる[4]東京近郊でも奥多摩丹沢山地に分布地がある。日本の北限地は、北海道の噴火湾に面する長万部と日本海側の寿都とを結ぶ黒松内低地帯とされる[14]

低山の照葉樹林帯と、亜高山の針葉樹林帯の間にはブナ林が成立する。雪が多い日本海側の山地と、奥羽山脈の背稜近くでは、天然林に近いブナ林が広範囲に広がっていたが、太平洋戦争後、大規模に伐採されてしまった。ユネスコの世界遺産に登録された白神山地青森県秋田県)のブナ林は、保護運動の抵抗により、まとまった天然林としては最後に残った所である。

本州中部では、ほぼ標高1,000-1,500 mまでの地域がブナ林となる。日本北限のブナ林は、一般的には北海道黒松内町のものが有名であるが、実は最北限のブナ林は隣町の寿都町にある。また、日本のブナの離島北限は奥尻島である。一方、南限のブナ林は鹿児島県高隈山にある。ブナが分布していない都道府県は、千葉県最高標高が408 m)と沖縄県の2県のみである[15]

白神山地以外の広範囲のブナ林としては、岐阜県石川県福井県富山県にまたがる白山福島県只見町周辺に、広大なブナ林を見ることができる(坪田和人著『ブナの山旅』『続・ブナの山旅』による)。福島県只見町は2018年10月、ブナ林の保全・活用に取り組む団体を集めた「全国ブナ林フォーラム」を開いた[16]

形態[編集]

落葉広葉樹高木[9][4]。生長すると、樹高は30メートル (m) にもなるものがある[4]。樹皮は灰白色できめが細かくて割れがなく[7][4]、よく地衣類コケが着いて、まだら模様のように見える[6][17]。一年枝は暗紫褐色で皮目が多い[17]。一年枝と二年枝の間に芽鱗痕があり、古い芽鱗が残ることがある[17]。若い枝は褐色で光沢がある[7]。葉痕は半円形で、両端に筋状で長い托葉痕がある[17]

互生し、長さ4 - 9センチメートル (cm) 、幅2 - 4 cmの楕円形[8]で、薄くてやや固め、縁は波打っていて、鋸歯というよりは葉脈の所で少しくぼんでいる感じになる[6]。秋には黄葉し、黄色に色づき、橙色から赤褐色を帯びてくるが、紅葉は長持ちせず後半には褐色になりやすく、その後落葉する[11][6]。落ち葉は乾燥すると葉の表側へ巻き込むように丸まる[18]

冬芽は褐色の鱗片に包まれ、茎が伸びた後もそれがぶら下がっている。鱗片が取れても、数年は茎に痕が残る(芽鱗痕)。枝先には仮頂芽をつけ、側芽が開出して枝に互生する[17]。芽から展開した若葉には長い軟毛があり、後に無毛となる[8]。イヌブナの冬芽に似ているが、色は濃いめで、ときに短枝がある[17]

花期は晩春(4 - 5月ごろ)[9][4]雌雄同株で、葉の展開と同時に開花する[8]。雄花は枝先からぶら下がった柄の先に6 - 15個付いて、全体としては房状になる。

果期は秋(10 - 11月)[4]果実総苞片に包まれて10月ごろに成熟し[8]、そのやわらかいトゲをもつ殻が4裂して種実が落ちて散布される[5]。果実(堅果)は2個ずつ殻斗に包まれていて[4][7]、断面が三角の痩せた小さなドングリのようなもの。しかしながら、中の胚乳は渋みがなく脂肪分も豊富で美味であり、生のままで食べることができる。実はソバの実を大きくしたような形をしている[5]。なお、ブナの古名を「そばのき」、ブナの果実を「山そば」「そばぐり」というのは、果実にソバ(稜角の意の古語)がある木、山で採れるソバ、ソバのあるの意である。タデ科の作物ソバ(蕎麦)の古名を「そばむぎ」といったのと同様である。

ブナは生長するにしたがって、根から毒素を出していく。そのため、一定の範囲に一番元気なブナだけが残り、残りのブナは衰弱して枯れてしまう。ところが、一定の範囲に2本のブナが双子のように生えている場合がある。これは、一つの実の中に2つある同一の遺伝子を持った種から生長したブナである。

根は多く地表付近で密生するが、根の垂直分布は1.2 m - 1.4 m程度までと比較的浅いため、倒木する際には周囲の土壌ごと持ち上げて塊状に倒れる[19]

生態[編集]

ブナは保水力が大きく湿り気がある森林を形成する[4]。多雪環境に極めて強く、日本海側の気候に適応した樹木とされている[20][21]。ブナは極めて多雪な地域では樹形を変化させ、地を這うような(匍匐型)ものに変わる。これは多雪環境に適応した樹木によく見られる特徴であり[22][23]ユキツバキヒメアオキでも知られている。

日本海側ではしばしばブナが優先し純林を形成するが、太平洋側に降りると純林はあまり見られず、ミズナラなど他樹種との混交林を作る。これは雪が少ないという気候的な面だけではなく、古くから人が入り山火事の多発などにより遷移が退行した面もあるとされる[24]

ブナの果実は多くの哺乳類の餌として重要であり日本では2003年ニホンツキノワグマが多数里に出てきたことで知られるが、この年はブナの不作の年でもあった。しかしブナは基本的に毎年不作であり、5-10年に一度豊作になるだけである。さらに、ブナがより不作だった2004年には出没例は2003年より少なく、全国的に過去に例がないほどのブナの豊作となった2005年にはクマの出没が増加した地域と減少した地域があった。以上から、ツキノワグマの出没とブナの豊不作は必ずしも相関がないとの説もある。

ブナの葉にはタマバエ科の昆虫による虫こぶがつきやすく、26種の虫こぶが知られている[25]。葉の分解は非常に緩慢であり、その分解が細菌によってなされる環境では土壌は改善されるが、主にキノコによって分解される環境では酸性の粗腐植が作られ、他の土壌生物の土壌を改善する活動を阻害する。そのため、森の養母とも称えられるが、粗腐植の主要因としてネガティブな評価を受けることもある[26]

人間との関係[編集]

かつては日本の森林を構成する主要な樹木として保水や治水に重要な役割を果たしてきたが、開発などによって伐採されてブナの森林は年々減少している[5]。春の新緑、秋の紅葉など四季折々に変化に富む様は、公園や緑地の材料としても優れている[27]。ブナの並木は日本では少なく、造林に使われた例も少ない[12]

木材[編集]

ブナの木は非常に重く川を流して搬出することが困難なことから、商取引には向かない資材だった[26]。その上、腐りやすい、加工後に曲がって狂いやすいという性質があり、日本では建築用材としては重要視されなかった[10]20世紀の後半まで用材としては好まれなかったが、のほか、下等品のための需要はあった。鉄道枕木は主に硬く腐朽しにくいナラ材が用いられてきたが、第二次世界大戦後の資材不足の折、1951年から防腐剤の注入を条件に用いられるようになった経緯もある[28]。しかし、杓子など、さまざまな容器などには広く使われた[10]平安時代後期から鎌倉室町時代にかけては、上質のケヤキにかわるものとして、漆器の椀・皿の普及品の材料として欠かせないものであった[29]。キノコ栽培の原木にも利用されている[8]

ブナではしばしば高い位置から主幹が株立ちするものが見られる。これは積雪時に伐採した切り株から萌芽更新したもので「あがりこ」などと呼ばれる。

ブナ材は他の資材に比べ重量に対する引っ張り強度に優れた特性があり、20世紀には薬品処理と合板の接着・加工技術の向上によって需要が増えている[26]。日本ではブナの伐採後にスギが植えられてブナ林が縮小した。ただ、曲げに適しているため、家具の脚に好まれる。また円筒形に曲げやすいことから、太鼓類の胴としても利用される。紙パルプ家具[8](主に脚物家具)、スキー板、ベニヤ材、玩具材、楽器の鍵盤、ブラシなどに用いられている。

食用[編集]

種実はナッツのように利用できる。採取時期は9 - 10月ごろで、ブナ林で落ちた実を採取する[5]。種実はアクが弱く、干してよく乾燥させてから、フライパンで煎って皮を剥いて食べる[5]。また、春になると落ちた種実から芽生えたカイワレダイコンのような新芽は、おひたしにして食べられる[5]

国指定文化財[編集]

日本では以下が、天然記念物として国の文化財の指定を受けている[30]

市町村の木に指定している自治体[編集]

日本の温帯林を代表する樹木で[8]、以下の市町村の木に指定されている。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Fagus crenata Blume ブナ(標準)”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2013年11月11日閲覧。
  2. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Fagus crenata Blume f. grandifolia (Nakai) Hayashi ブナ(シノニム)”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2022年1月22日閲覧。
  3. ^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Fagus undulata (Blume) Buerger ex Miq. ブナ(シノニム)”. BG Plants 和名−学名インデックス(YList). 2022年1月22日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j 田中潔 2011, p. 41.
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n 篠原準八 2008, p. 101.
  6. ^ a b c d 林将之 2008, p. 18.
  7. ^ a b c d e f 林 (2011)、133-135頁
  8. ^ a b c d e f g h i j 菱山 (2011)、58-59頁
  9. ^ a b c d e 平野隆久監修 永岡書店編 1997, p. 234.
  10. ^ a b c 辻井達一 1995, p. 100.
  11. ^ a b 亀田龍吉 2014, p. 114.
  12. ^ a b c 辻井達一 1995, p. 104.
  13. ^ しばしば登場する種小名の意味
  14. ^ 辻井達一 1995, p. 101.
  15. ^ (企画編集)千葉県農林総合研究センター森林研究所 編『里山活動によるちばの森づくり 広葉樹林の管理』(PDF) 6巻、千葉県農林水産部森林課〈里山公開講座〉、2010年2月https://www.pref.chiba.lg.jp/lab-nourin/nourin/documents/satoyamaguide601.pdf#page=3  - こちらのリンク先より閲覧可能。
  16. ^ 全国ブナ林フォーラム開催のお知らせと参加者の募集について只見町(2019年3月13日閲覧)。
  17. ^ a b c d e f 鈴木庸夫・高橋冬・安延尚文 2014, p. 149
  18. ^ 亀田龍吉 2014, p. 115.
  19. ^ 苅住昇「ブナ(シロブナ)」『最新 樹木根系図説 各論』p296-p297 誠文堂 2010年
  20. ^ 大関義男・渡辺成雄・庭野昭二 (1984) 新潟県下の豪雪地帯における5樹種の育成比較. 雪氷46(1), p.27-29. doi:10.5331/seppyo.46.27
  21. ^ 酒井昭 (1977) 植物の積雪に対する適応. 低温科学生物編34, p.47-78. hdl:2115/17828
  22. ^ 四手井綱英 (1956) 裏日本の亞高山地帯の一部に針葉樹林帯の欠除する原因についての一つの考えかた. 日本林学会誌38(9), p.356-358. doi:10.11519/jjfs1953.38.9_356
  23. ^ 石沢進 (1985) 植物の分布と積雪―新潟県およびその周辺地域について―. 芝草研究14(1), p.10-23. doi:10.11275/turfgrass1972.14.10
  24. ^ 中静透 (2003) 冷温帯林の背腹性と中間温帯論. 植生史研究11(2), p.39-43. doi:10.34596/hisbot.11.2_39
  25. ^ 加藤真「虫こぶの話」(『週刊朝日百科植物の世界』62、1995年6月25日、朝日新聞社)、6の63頁。
  26. ^ a b c ヨアヒム・ラートカウ『木材と文明:ヨーロッパは木材の文明だった。』山縣光晶訳 築地書館 2013 ISBN 9784806714699 pp.42-44.
  27. ^ 辻井達一 1995, p. 103.
  28. ^ 「ブナ材が枕木に 防腐剤の注入で十年はもつ」『日本経済新聞』昭和25年12月8日
  29. ^ 四柳嘉章『漆の文化史』(岩波書店、2009年、ISBN 978-4-00-431223-9)120頁。
  30. ^ 国指定文化財等データベース”. 文化庁. 2013年11月11日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]