中西幸重

中西 幸重
なかにし ゆきしげ
生年月日 (1894-01-01) 1894年1月1日
出生地 日本の旗三重県度会郡神社町[1]
没年月日 没年不詳
死没地 不明
出身校 関西大学専門部法科中退
前職 伊勢市議会議員

宇治山田市長
当選回数 1回
在任期間 1952年10月8日 - 1954年12月31日

在任期間 1955年1月1日 - 1956年4月30日
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中西 幸重(なかにし ゆきしげ、1891年明治24年)1月1日[2] - 没年不詳)は、日本政治家三重県宇治山田(現・伊勢市)市長、伊勢市

来歴[編集]

三重県度会郡神社町(現・伊勢市)出身[1]神社港で旅館業を営む両親のもと生まれる[1]1911年(明治44年)3月、三重県師範学校(現・三重大学)卒業[2]後、小学校教諭を経て1914年(大正3年)関西大学専門部法科へ入学[3]。卒業一か月前に、旧軍閥打倒の護国戦争に投じるため中華民国上海へ渡った[4]1919年(大正8年)に帰国後は東京労働日報主筆に就任する傍ら、尾崎行雄に師事し大野伴睦らと共に普選運動を展開した。

1929年(昭和4年)3月、神社町助役[2]1933年(昭和8年)同町会議員[2]1947年(昭和22年)宇治山田市議会議員[2]1951年(昭和26年)三重県議会議員となる[2]

1952年(昭和27年)10月から旧宇治山田市長を務め、他村を合併して1955年(昭和30年)1月1日、市名を伊勢市に変更した[2]。1956年(昭和31年)4月に市長を退任した[2]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 伊勢市の人と事業 : 伊勢市制施行五十周年記念」国立国会図書館デジタルコレクション
  2. ^ a b c d e f g h 『日本の歴代市長 第2巻』635頁。
  3. ^ 関西大学新聞 2020年5月25日閲覧
  4. ^ 関西大学新聞 2021年12月8日閲覧

参考文献[編集]

  • 『伊勢年鑑』昭和46-50、52年版、伊勢新聞、1976年
  • 歴代知事編纂会編『日本の歴代市長 第2巻』歴代知事編纂会、1983年

外部リンク[編集]