八重干瀬

座標: 北緯25度00分 東経125度16分 / 北緯25.000度 東経125.267度 / 25.000; 125.267

八重干瀬の空中写真。
2008年撮影の26枚を合成作成。
国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。
地図
地図
八重干瀬(北側上空から)
八重干瀬のサンゴ礁
八重干瀬の位置(日本内)
八重干瀬
八重干瀬

八重干瀬(やびじ[1])は、沖縄県宮古列島池間島の北側に広がる日本最大の卓状サンゴ礁群である[2]。国の名勝及び天然記念物に指定されている。

地理[編集]

宮古島北方にある池間島の北約5 - 22kmに位置し、南北約17km、東西約6.5kmにわたって広がっている。8つの大規模なサンゴ礁(主ビシ、大ビシ)を中心に、小規模なサンゴ礁(属ビシ)が集まって形成されており[3]、サンゴ礁の総数は100以上にのぼる[4][5]。主ビシは最大の「ドゥ」を中心して南北に延び、これに並行して2-3列の卓礁、浅瀬、暗礁が延びている。この方向は、宮古島の地質構造の方向と整合していることから、八重干瀬の下部には宮古島と同様の地質が存在すると推定されており、最終氷期には陸地であった可能性が高いと考えられている[2]

八重干瀬の面積は、宮古島の面積(158.70km2)の約10分の1に及び[6]、海面上に出ることのない暗礁や礁斜面まで加えると約3分の1にも達するといわれる[2]

普段は海面下にあるが、大潮の干潮時には一部が海面上に干出することがある。特に、春から夏のかけての干満差の大きな時期には島のように広く海面上に現れる礁がいくつかあるため、「幻の大陸」とも呼ばれる[5][7]。干満差が一年で最大となる旧暦3月3日には、伝統的にサニツ浜下り)と呼ばれる厄払いの行事が行われており、かつては観光上陸のイベントも行われていた(#アクセス参照)。

八重干瀬は、サンゴの群生地であるため好漁場であり、1350年頃には既に漁業が営まれていたとされる。また、スクーバダイビングシュノーケリングやレジャーフィッシングのスポットともなっている[8]

文化財[編集]

2013年(平成25年)3月27日に、「宮古島に固有の生活文化との繋がりの下に親しまれてきた優秀な海浜の風致景観」であり「我が国最大の卓状のサンゴ礁群としても重要」[9]として、名勝及び天然記念物に指定された[10]2014年(平成26年)にはフデ岩とその周辺海域が追加指定されている[11]

また、2001年(平成13年)12月には環境省による日本の重要湿地500に、2016年(平成28年)4月にはこれを更新した生物多様性の観点から重要度の高い湿地にそれぞれ選定されている[12]

地形図[編集]

国土地理院平良市(現宮古島市)からの要望を受け[13]、1999年(平成11年)12月1日に「八重干瀬」の2万5千分1地形図を発行した。これは、通常の地形図2枚分のA1サイズで、最大干潮時に海面上に現れるサンゴ礁と海面下のサンゴ礁とを初めて色分けして記載したものであった[1][5][14]。この地形図は、全国初の陸地のない干潟だけの地形図ともされるが[1]、一方で、陸域との関係を明示するために池間島等が含まれているともされる[5]

その後、2008年(平成20年)8月1日に、「八重干瀬」の地形図を再編集して2万5千分1地形図「フデ岩」が発行されている[15]。また、5万分の1地形図「宮古島北部」にも八重干瀬が掲載されている[16]

名称[編集]

八重干瀬の「干瀬」は、島の周辺に広がるサンゴ礁のことである。八重干瀬という名称の由来には諸説があり、8つの干瀬からなるからとも、干瀬が幾重にも重なっているからとも言われる[17]

八重干瀬は、「やえびし」のほか、宮古島北部の島尻では「やびじ」、狩俣では「やぴし」などと様々に呼ばれてきた。1999年(平成11年)の地形図発行にあたって国土地理院から呼称の統一を求められた平良市は、八重干瀬の呼称を、八重干瀬に最も近い池間島での呼び方で、市の行事でも従来用いられてきた「やびじ」とすることを決定している[1]

八重干瀬を構成する礁のほとんどには、人体の各部分(例えば、を意味する「カナマラ」、を意味する「ドゥ」、を意味する「イフ」)、動物(例えば、ブダイを意味する「イラウツ」、ノミを意味する「フガウサ」)等の現地名が付いており、その数は約130に達する[2][18][19]

歴史[編集]

1697年の『元禄国絵図』には、すでに八重干瀬がかなり精確に描かれており、「八重干瀬」の名称やその範囲が東西一里半、南北五里である旨の説明も記されている[20][21][22]

1797年には、ウィリアム・ロバート・ブロートンが船長を務め東アジアを調査中であったイギリス海軍プロビデンス号が、八重干瀬の北西端のサンゴ礁に乗り上げ、船底から浸水して沈没した。この後、八重干瀬は海図にプロビデンス礁(Providence Reef)として記載されるようになった。2008年に沖縄県立埋蔵文化財センターによって行われた潜水調査では、プロビデンス号と推定される外国船の残骸や、積荷や船員の所持物と考えられる鉄のインゴット、中国産陶磁器、ヨーロッパ産陶器、ガラス瓶、ガラスビーズが発見されている[23][24][25]

アクセス[編集]

民間業者によってシュノーケリングダイビングのツアーが催行されている[26][27]。また、4-8月にははやてが保有するクルーズ船「モンブラン」によるツアーが、大潮に合わせて月2回程度行われている(ただし、八重干瀬への上陸は不可)[28]

1983年(昭和58年)から2014年(平成26年)までは、サニツ旧暦3月3日)前後の数日間、八重干瀬まつりとして宮古フェリー及びはやてが保有するフェリーによる八重干瀬上陸ツアーが行われ、毎年2,000-3,000人が八重干瀬に上陸していた。このような観光上陸に対しては生態系の荒廃を招くとの批判もあり、サンゴ礁ガイドの試験導入やガイドライン策定の取り組みなどの対策が行われていた[8]。しかし、2015年(平成27年)の伊良部大橋開通に伴い両社の平良港 - 佐良浜港間の定期航路が廃止されフェリーが売却されたため、2014年(平成26年)のツアーが最後となった[29][30]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d “幻の大陸「やびじ」に統一 平良市が決定”. 琉球新報. (1999年9月15日). オリジナルの2013年5月1日時点におけるアーカイブ。. https://archive.fo/i3hDz 2018年3月10日閲覧。 
  2. ^ a b c d 八重干瀬 - 国指定文化財等データベース(文化庁
  3. ^ 安谷屋昭「宮古島市・八重干瀬の天然記念物を目指して (PDF) 」 宮古島市総合博物館紀要第16号、2012年3月
  4. ^ 日本のサンゴ礁 6-1-6 宮古群島 (PDF) 環境省・日本サンゴ礁学会編、2004年3月
  5. ^ a b c d 吉成富夫「幻の大陸「八重干瀬」を2万5千分1地形図に表示」『写真測量とリモートセンシング』 2000年 39巻 1号 p.2-3, doi:10.4287/jsprs.39.2
  6. ^ きょう浜下り/幻の大陸"が浮上" 琉球新報、2000年4月7日
  7. ^ 幻の大陸に400人上陸 八重干瀬、国指定後初 宮古新報、2013年4月12日
  8. ^ a b 日本のサンゴ礁 4 サンゴ礁の持続的利用と保全 4-5 観光 (PDF) 環境省・日本サンゴ礁学会編、2004年3月
  9. ^ 史跡等の指定等について』(プレスリリース)文化庁、2012年11月16日http://www.bunka.go.jp/ima/press_release/pdf/shiseki_shitei_121116_ver2.pdf 
  10. ^ 平成25年3月27日文部科学省告示第41号
  11. ^ “国名勝へ追加指定 宮古島から2件”. 琉球新報. (2014年7月2日). https://ryukyushimpo.jp/news/prentry-227899.html 
  12. ^ 「重要湿地」の詳細情報(八重干瀬)”. 環境省. 2019年1月27日閲覧。
  13. ^ “幻の大陸・八重干瀬/地図作製へ調査始まる/国土地理院”. 琉球新報. (1999年5月14日). オリジナルの2014年4月16日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140416231133/http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-94165-storytopic-86.html 
  14. ^ 国土地理院ニュースレター 月刊GSIマップニュース 第86号” (PDF). 国土地理院 (1999年11月25日). 2019年1月27日閲覧。
  15. ^ 1/25000地形図の発行年・発行図歴一覧 宮古・八重山地方 国土地理院
  16. ^ 国土地理院刊行 地図一覧図 日本地図センター
  17. ^ 【国指定:名勝・天然記念物】八重干瀬~やびじ~”. 綾道. 宮古島市教育委員会. 2019年1月27日閲覧。
  18. ^ 安谷屋昭「宮古諸島の石灰岩台地とジオパークの可能性」(PDF)『宮古島市総合博物館紀要』第15号、宮古島市総合博物館、2011年3月、20-46頁。 
  19. ^ “「幻の大陸」が国の宝に”. 宮古毎日新聞. (2013年1月1日). http://www.miyakomainichi.com/2013/01/44325/ 
  20. ^ 元禄国絵図 琉球国八重山島(元禄)”. 国立公文書館デジタルアーカイブ. 国立公文書館. 2019年1月27日閲覧。
  21. ^ 小西健二 著「日本のサンゴ礁研究前史寸描」、環境省・日本サンゴ礁学会 編『日本のサンゴ礁』環境省、2004年3月、90-91頁https://www.env.go.jp/nature/biodic/coralreefs/reference/mokuji/9910j.pdf 
  22. ^ 金城善「江戸幕府の国絵図調製事業と琉球国絵図の概要」(PDF)『沖縄県史研究紀要』第1号、沖縄県立図書館史料編集室、1995年3月31日、43-74頁。 
  23. ^ 八重干瀬(やびじ)・ 宮古島の八重干瀬サンゴ礁”. 宮古島キッズ ネット. 2019年1月27日閲覧。
  24. ^ プロビデンス号”. 宮古島キッズネット. 2019年1月27日閲覧。
  25. ^ 水中考古学 其の二十四 八重干瀬沖海底遺跡群第1地点 『プロビデンス号』の座礁地”. Diver Online. 2019年1月27日閲覧。
  26. ^ マリン体験 宮古島観光協会
  27. ^ 八重干瀬ツアー専門アクアベース”. 2020年12月閲覧。
  28. ^ ベイクルーズ宮古島 MontBlanc(モンブラン) 株式会社はやて
  29. ^ 海の生き物間近に/八重干瀬観光ツアー 宮古毎日新聞、2014年4月2日
  30. ^ "幻の大陸"最後の上陸 八重干瀬、380人がツアー 琉球新報、2014年4月2日

外部リンク[編集]