北イングリア共和国

北イングリア共和国
Pohjois-Inkeri
ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国 1919年 - 1920年 ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国
イングリアの国旗 イングリアの国章
(国旗) (国章)
イングリアの位置
北イングリア共和国の位置(赤色)歴史的イングリア地方(薄茶色).
公用語 フィン語
首都 キルヤサロ
首相
1919年 - 1920年 左に示すとおり
変遷
独立 1919年1月23日
ソ連に併合1920年12月5日

北イングリア共和国フィンランド語:Pohjois-Inkeri)は、イングリアフィン人の建設した国家。非常に短命であった。

カレリアの南部、イングリアに住むフィン人は10月革命ボルシェビキ・ロシアから分離して国家を建設した。この国を建設した目標はフィンランドへの合併であった。この国は1919年から1920年までの間イングリアの一部を統治した。

この国はタルトゥ条約によってロシアに併合されることになった。しかし、1930年代までイングリアのフィン人は幾らかの国家的自治権を得られることができたために喜んだ。

1930年代に入るとイングリアはソ連の領土確定政策の要求にしたがった。1928年にはトクソヴォ(フィン語: トクソヴァ Toksova)の町を行政の中心として、この地区にクイヴァイシ・フィン人民族地区(フィンランド語: Kuivaisin suomalainen kansallinen piiri, ロシア語: Куйвозовский финский национальный район)が設立された。そして1939年にはこの地区が廃止され、この地区はパルゴロヴォ地区に併合された[1]

歴代元首[編集]

外部リンク[編集]

脚注・参照[編集]

  1. ^ Kurs, Ott (1994). Ingria: The broken landbridge between Estonia and Finland. GeoJournal 33.1, 107-113.