安西はぢめ

安西はぢめ
別名 安西創
生誕 (1972-02-05) 1972年2月5日(52歳)
出身地 日本の旗 日本
学歴 神田外語大学中国語学科卒業
職業 二胡奏者、アコーディオン奏者
活動期間 1992年 -
公式サイト http://anzaihajime.com/

安西 はぢめ(安西創 あんざい・はじめ)は、日本の二胡奏者、アコーディオン奏者。
二胡奏者としては、中国音楽教室「創樂社」主宰、湯島聖堂中国音楽講座講師。
アコーディオン奏者としては、日本で唯一のスロベニア音楽ユニット[1]「Ansambel Planika」(アンサンブルプラニーカ)の一人。

人物[編集]

クロマティック・アコーディオン奏者。日本では数少ないスタイリッシュ・ハーモニカの演奏者でもある。シャンソンミュゼットを得意とし、ソロ演奏、歌の伴奏のほか、レストラン、ホテル、その他各種イベントや某有名テーマパーク(2005年夏~2017年秋)のレギュラー出演などで活動する。
座右の銘は「アコーディオンの音は人を幸せにする」
2023年2月、音楽活動の主軸を、アコーディオンから中国音楽に移すことを宣言[2]

経歴[編集]

  • 神奈川県横浜市出身。小学校時代はブラスバンドでトランペットを吹いていた。
  • 大学入学後は、坂田進一門下に加わり、江南糸竹や明清楽などの中国音楽の演奏活動に参加する。二胡揚琴琵琶小笙阮咸など様々な中国の伝統楽器の演奏を担当。
  • 1992年、坂田古典音楽研究所シュランメル音楽をきっかけにピアノ式アコーディオン(鍵盤式アコーディオン)の演奏を始める。その後、就職して中国に渡る。
  • 1998年、中国から帰国。フルタイムの音楽演奏家となる。中国系楽器のほか、邦楽器(生田流箏曲、三弦、胡弓)も弾く。芸術音楽、大衆音楽、日本音楽、西洋音楽、中国音楽、チンドン屋(芸名は「喜楽家㐂太郎(きらくやきたろう)」)など、多様な演奏活動を行ううちに、1台あれば多様なジャンルに対応できるアコーディオンの比重が高まる。
  • 2000年にピアノ式アコーディオンからクロマティック・アコーディオンへ転向。日本に於けるクロマティック・アコーディオンのパイオニアである金子万久に師事する。当時は、ピアノ鍵盤式アコーディオンで「日本初」の「本格中華ユニット」の伴奏を担当したこともあった[3]
  • 2004年、東京都公認大道芸「ヘブンアーティスト」ライセンス取得(2004年11月-2012年11月)
  • 2011年、東日本大震災を機にアコーディオンの演奏活動に集中。東日本大震災受難者鎮魂コンサート「和の輪」発起人。
  • 2012年、パリに渡りアコーディオンの修行。以後、毎年のように渡欧し、ドイツ、オーストリア、スロベニアなどに通う。
  • 2019年、「非公式スロヴェニア親善大使」を自称し、スロベニア音楽の演奏と、スロベニアのアコーディオン文化の紹介に力を入れるようになる[4]。現地で主流となっているダイアトニック式式(押引異音式)アコーディオンも演奏する。
  • 2020年5月、スロベニアのメディアでニュースとして取り上げられる[5]
  • 2022年7月、湯島聖堂の中国古典音楽講座講師。[6]
  • 2023年2月、音楽活動の主軸をアコーディオン奏者としての演奏活動から、中国音楽へシフトする。[2]

作品[編集]

  • CD「はじめまして、はぢめです~アコーディオンと二人二脚~」(2015年)
  • CD「はぢめの一歩 ~笑顔の魔法をちちんぷい~」(2017年)

脚注[編集]

  1. ^ 早稲田大学 ICC(異文化交流センター)公式サイトの告知「ICC スロベニア文化ナイト ~「愛のある国」S”LOVE”NIAの知られざる魅力 ~ (5/15)」2020年3月2日閲覧
  2. ^ a b 本人のnoteの記事「30年間ありがとうございました!(大切なお知らせロングバージョン)2023年2月5日 19:55
  3. ^ アコーディオン・ジャーナル』2003年冬号(40周年号 復刊30号・通巻406号)p.4のインタビュー記事「日本初、本格中華ユニットに参加 安西創」
  4. ^ 蛇腹党公式サイトの記事「Interview vol.11 安西はぢめ[シュタイリッシュ・ハーモニカ]Hajime Anzai[Steirische Harmonika]2020年12月16日」2021年1月2日閲覧
  5. ^ スロヴェニア語の記事「HAJIME ANZAI, PO DOMAČE KAR ANŽE Japonec, zaljubljen v Slovenijo, prepeva Slakovega Čebelarja. Takšno je ozadje ... #video Avtor: Alenka Teran Košir」2021年1月2日閲覧
  6. ^ 本人の note 「史跡 湯島聖堂芸術講座、中国古典音楽講座講師拝命のご報告」2022年7月3日

外部リンク[編集]