山本好彦
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山本 好彦(やまもと よしひこ、1958年5月30日 - )は、静岡県出身の元サッカー選手(JFA公認Aコーチジェネラル)。現役時代のポジションはディフェンダー。
来歴[編集]
静岡県立浜松湖東高等学校を卒業後、大阪商業大学へ入学し上田亮三郎の指導を受けた。
1981年に大協石油四日市サッカー部(コスモ石油サッカー部の前身)に入団、同年監督として入団した鎌田光夫(メキシコオリンピック日本代表)の指導を受け、1985年に地域リーグ決勝大会で山雅クラブなどを下して日本サッカーリーグ2部(JSL)昇格を果たした。
1990年に現役を引退し、4シーズンコスモ石油サッカー部コーチ、1995年から2シーズン監督を務めた。1996年に将来のJリーグ参戦を念頭とし、チーム名に本拠地四日市市を被せ「コスモ石油四日市FC」(通称、コスモ四日市)と改めた。同年の天皇杯では前年度覇者である名古屋グランパスエイトを1-0で破り存在感を示したが、環境が整わず同年を最後にチームは解散した。チーム解散後は社業に専念し、2006年よりJリーグマッチコミッショナー就任[1]。
JFA公認コーチングスクールの同期には、佐々木則夫(元なでしこジャパン監督)、霜田正浩(レノファ山口監督)、小林伸二(ギラヴァンツ北九州監督)等がいる。
2019シーズンよりヴィアティン三重GMに就任。