山本茂実

山本 茂実(やまもと しげみ、1917年大正6年〉2月20日 - 1998年平成10年〉3月27日)は、日本小説家。非常に寡作な人物であり、代表作「あゝ野麦峠」で日本文学史にその名を刻んだ。

人物[編集]

長野県東筑摩郡松本村(現・松本市)に農家の長男として生まれる。松本青年学校に通うが、1937年昭和12年)に召集され近衛歩兵第3連隊に入る。終戦後は農業に従事し、31歳になってから上京し、早稲田大学文学部哲学科聴講生となる。青年海外協力隊の専任講師も務めた。

松本市歴史の里に「山本茂実記念館」がある。

経歴[編集]

  • 1948年(昭和23年) - 雑誌「葦」を創刊。
  • 1952年(昭和27年) - 雑誌「潮」を創刊し編集長となる(現在の潮出版社から発行されている「潮」とは別)。
  • 1968年(昭和43年) - 「あゝ野麦峠 - ある製糸工女哀史」を発表。250万部のベストセラーとなった。

著書[編集]

  • 生き抜く悩み 哲学随想録 広文堂書店 1948 のち角川文庫
  • 救われざるの記 葦会 1950
  • 嵐の中の人生論 葦会 1953 のち角川文庫
  • 愛と死の悩み 吾等いかに生くべきか(人生論 第2部) 葦出版社 1954 のち角川文庫
  • 恋愛・結婚・家 和光社 1955(青春選書)
  • 愛・自由・生きること 和光社 1955(青春選書)
  • 結婚と云う宿命について 葦出版社 1956
  • 庶民の常識 葦出版社 1956
  • 苦しんでいるのはあなただけではない 竜南書房 1959
  • 松本連隊の最後 近代史刊行会 1966 のち角川文庫、角川新書
  • 街道・風土と伝説の旅 恒文社 1966
  • あゝ野麦峠 ある製糸工女哀史 朝日新聞社 1968 のち角川文庫、朝日文庫
  • 人間の出発 自らの何を期するか 青春出版社 1969
  • 根性教育の実践 近代史研究会 1969
  • 私をささえた母の一言 貫く信念の座右銘 青春出版社 1970(青春新書)
  • 喜作新道 ある北アルプス哀史 朝日新聞社 1971 のち角川文庫、朝日文庫
  • 野麦峠をこえて ポプラ社 1973(創作絵本)
  • 高山祭 この絢爛たる飛騨哀史 朝日新聞社 1976 「飛騨の哀歌高山祭」角川文庫、「飛騨高山祭」朝日文庫
  • 塩の道・米の道 角川文庫 1978.10
  • 続あ丶野麦峠 角川書店 1980.4 のち文庫、朝日文庫
  • 初めて知った生きている証 角川文庫 1982.12
  • 海に立つ墓標 角川文庫 1982.2
  • 人生、味をしめろ 苦難の連続体験から私は何を掴んだか 佐藤正忠と対談 経済界 1985.12
  • 日本青年は健在だった バングラデシュ紀行 朝日新聞社 1985.5
  • 野麦峠 渡辺皓司絵 草土文化 1986.11(山本茂実の絵本)
  • 喜作とペス 榛葉莟子絵 草土文化 1987.1(山本茂実の絵本)
  • 高山祭 宮本能成絵 草土文化 1987.9(山本茂実の絵本)
  • 山本茂実アフリカを行く 朝日新聞社 1989.3
  • 人生、幕引きは芸術である わが心の姨捨山 講談社 1993.6
  • カチューシャ可愛や 中山晋平物語 大月書店 1994.5(大月CDブック)
  • 山本茂実全集 全7巻 全集刊行会編、角川書店、1998

編纂[編集]

  • アカシヤの丘にて 六人の若き人々の手記(編)葦会 1952
  • たゆまぬ努力さゝやかな自信(編)葦会 1953
  • 愛は泉の如く(編)葦会 1953

参考文献[編集]

外部リンク[編集]