後期三畳紀

後期三畳紀(こうきさんじょうき、Late Triassic)は、中生代三畳紀を三分したうちの最後の地質時代。約2億3700万年前から2億130万年前±20万年にあたり、古い順からカーニアン期・ノーリアン期・レーティアン期に分けられる[1]

地理と環境[編集]

約2億2000万年前(ノーリアン期)の大陸配置

当時はパンゲア大陸が存在しており、全ての大陸が陸続きになっていた。そのため当時の陸上動物相は地域ごとの差異が小さい、すなわち固有性が低い状態にあった[2]。また、地殻運動が活発でなかったため大陸には山脈や内海が少なく、広大な大陸には主に砂漠が広がっていた。森林も存在はしたが、造山運動や気候帯の影響で雨や地下水に恵まれる限られた地域のみであった[3]。中期 - 後期三畳紀は前期三畳紀と比較して気温が低下したものの、それでも平均地球気温は約25℃と高温であり、当時の陸上動物は乾燥気候への適応を余儀なくされた[4]

ただし、カーニアン期にはカーニアン多雨事象が起き、それまで乾燥していた気候が200万年間ほど急激に湿潤化した。この原因は前期カーニアン期で発生した火山活動と考えられており、その候補には北アメリカのランゲリア洪水玄武岩と日本の三宝帯やロシアのタウハ帯をなす玄武岩が挙げられている。この火山活動が気候に影響を及ぼして海洋無酸素事変やカーニアン多雨事象を導いたと推測されている。多雨事象の間に恐竜は爆発的に多様性を増し、獣弓類からは哺乳類が誕生した[5]

レーティアン期の末、すなわち三畳紀末には顕生代の五大大量絶滅の一つに数えられる三畳紀末の大量絶滅が起きた。この絶滅事変で単弓類獣弓類双弓類主竜類(ただしカメワニ翼竜恐竜を除く)は大きく打撃を受けた[3]。この原因には隕石衝突説のほか、パンゲアのプレート運動によるマグマの大規模噴出、すなわち火山活動が挙げられている[6]。なお、後期三畳紀に巨大隕石衝突の痕跡があるのは事実であるが、カナダ東部に位置する衝突クレーターはT-J境界よりも前の時代のものであり[3]、むしろ約2億1500万年前(ノーリアン期)の海洋生物の絶滅事変に関わっているという見解もある[7]

動物相[編集]

陸上[編集]

イスキガラスト累層英語版の動物相

中期三畳紀に出現した恐竜様類恐竜だけを残してノーリアン期に絶滅した[3]。恐竜は南アメリカ付近で出現した。当時の恐竜は陸上動物相における支配的な存在ではなく、他の主竜類偽鰐類植竜類)や単弓類獣弓類両生類分椎目も動物相の構成要素であった。また恐竜とほぼ同時期に翼竜が出現し、また獣弓類から哺乳類が出現した[2]

約2億3000万年前(カーニアン期)にあたるアルゼンチンのイスキガラスト累層英語版からはヘレラサウルスエオラプトルの化石が産出しており、これらが最初期の恐竜とされている[2]。なお、ヘレラサウルスの仲間は後期三畳紀のうちに絶滅しているが、グレゴリー・ポールはその理由を有酸素運動能力が低く他の競争相手に敗れたことに求めている[3]。約2億3000万年前 - 2億2500万年前のブラジルの地層からもサトゥルナリアが産出している。サトゥルナリアは竜脚形類に属し、後期三畳紀の竜脚形類は南アメリカとアフリカ南部で化石が多産することから、竜脚形類はパンゲア大陸の南部で誕生したとされる。新竜脚類も含めて古竜脚類は後期三畳紀に出現し、パンゲア大陸を通ってアジアや南極にも分布を広げた。竜脚類も種数・個体数こそ乏しかったものの、古竜脚類と同様のルートを通って分布を広げたようで、イギリス(ヨーロッパ)やタイ王国北東部(アジア)で報告されている。イギリスの化石は断片的であるため竜脚類の可能性があるという程度に留まっているが、タイの化石はイサノサウルスと記載・命名されている[8]。なお古竜脚類と同時期に、ヘレラサウルス類よりも派生的な獣脚類も出現した。この頃の獣脚類には大型の靭帯と初期の気嚢があり、高い有酸素運動性と体温調節能力があったと考えられている[3]

後期三畳紀はワニ形上目以外の偽鰐類が生息していた最後の時代であった。この時代には、直立四足歩行のオルニトスクス科や、オルニトミモサウルス類との収斂進化を遂げたポポサルス上科英語版ティラノサウルス上科と類似した頭骨を持つラウイスクス類、四足歩行で植物食性のアエトサウルス目がいた。これらのグループはT-J境界かそれ以前に絶滅を迎えた。ワニ形上目は約2億2000万年前に出現しており、当時の地層であるチンリ層からヘスペロスクスが発見されている。基盤的なワニ形上目ではヘスペロスクスの他にスフェノスクス類がおり、シュードヘスペロスクス英語版が知られている。また、ワニ形上目からCrocodyliformesというより派生的な段階の系統群が出現した。Crocodyliformesは現生のワニも含むグループであるが、後期三畳紀に生息していたものはプロトスクスのように原鰐類とされる基盤的な属種であった。なお、原鰐類は2013年時点で単系統群とはみなされていない[9]

海中[編集]

浮遊性の石灰質プランクトンや現代型の造礁サンゴはカーニアン期に出現した[5]。後期三畳紀最末期にあたる2億500万年前(レーティアン期)の地層からは最古の首長竜であるラエティコサウルス英語版の化石が産出しているが、既に典型的な首長竜としての特徴が揃っていることから、陸棲爬虫類から進化したばかりのより基盤的な首長竜の祖先はこれ以前の時代に出現していたことが確実視されている。また、ラエティコサウルスの骨組織には恒温動物の特徴が確認されている[10]魚竜では大型のグループであるシャスタサウルス科英語版が絶滅した一方、パルヴィペルヴィア類と呼ばれる新たな系統が登場した。パルヴィペルヴィア類はオフタルモサウルス科などを内包する系統群で、後期白亜紀の初頭まで生き延びた[11]

約2億1500万年前(ノーリアン期)にはアンモナイト放散虫およびコノドントが大規模な絶滅事変を経験した。これは同時期に衝突した先述の直径3.3 - 7.8キロメートルの巨大隕石の影響と見られている。隕石衝突から数万年間は海洋の基礎生産が極端に低下し、また基礎生産が回復しても30万年間は放散虫の生産量が回復せず、さらに回復後には放散虫群集の大規模な入れ替わりが起きていた[7]

植物相[編集]

湿潤な地域にはトクサ綱木生シダなどが、乾燥地域にも雨季を利用して他のシダ植物が繁茂した。湿潤地域ではベネチテス目イチョウ目が代表的であったほか、当時の植物としては球果植物門(マツ目)が最も優勢であった。被子植物はまだ登場していなかった[3]

出典[編集]

  1. ^ INTERNATIONAL CHRONOSTRATIGRAPHIC CHART(国際年代層序表)”. 日本地質学会. 2021年3月10日閲覧。
  2. ^ a b c デイヴィッド・E・ファストヴスキーデイヴィッド・B・ウェイシャンペル 著、藤原慎一・松本涼子 訳『恐竜学入門 ─かたち・生態・絶滅─』真鍋真監訳、東京化学同人、268-270頁。ISBN 978-4-8079-0856-1 
  3. ^ a b c d e f g グレゴリー・ポール 著、東洋一、今井拓哉、河部壮一郎、柴田正輝、関谷透、服部創紀 訳『グレゴリー・ポール恐竜辞典 原著第2版』共立出版、2020年8月30日、12-13頁。ISBN 978-4-320-04738-9 
  4. ^ ダレン・ナイシュポール・バレット 著、吉田三知世 訳『恐竜の教科書 最新研究で読み解く進化の謎』小林快次・久保田克博・千葉謙太郎・田中康平監訳、創元社、2019年2月20日、32-34頁。ISBN 978-4-422-43028-7 
  5. ^ a b 大量絶滅と恐竜の多様化を誘発した三畳紀の「雨の時代」 〜日本の地層から200万年にわたる長雨の原因を解明〜』(プレスリリース)神戸大学大学院理学研究科、2020年12月8日https://www.kobe-u.ac.jp/research_at_kobe/NEWS/news/2020_12_08_01.html2021年3月26日閲覧 
  6. ^ Lacey Gray (2013年3月26日). “三畳紀末の大量絶滅、原因は溶岩の噴出”. 日経ナショナルジオグラフィック社. 2021年3月25日閲覧。
  7. ^ a b 2 億 1500 万年前の巨大隕石衝突による海洋生物絶滅の証拠を発見』(プレスリリース)東京大学、2016年7月6日http://www.t.u-tokyo.ac.jp/shared/press/data/setnws_20160708180644005662788491_877986.pdf2021年3月25日閲覧 
  8. ^ 『世界の巨大恐竜博2006 生命と環境─進化のふしぎ』日本経済新聞社NHKNHKプロモーション、日経ナショナルジオグラフィック社、2006年、36-37頁。 
  9. ^ 小林快次『ワニと恐竜の共存 巨大ワニと恐竜の世界』北海道大学出版会、2013年7月25日、8-17頁。ISBN 978-4-8329-1398-1 
  10. ^ 土屋健『サメ帝国の逆襲 海洋生命5億年史』田中源吾・冨田武照・小西卓哉・田中嘉寛(監修)、文藝春秋、2018年7月20日、110-113頁。ISBN 978-4-16-390874-8 
  11. ^ 佐々木理「レスキューとしての企画展 「復興、南三陸町・歌津魚竜館」─世界最古の魚竜のふるさと」『東北大学総合学術博物館ニュースレターOmnividens』第41巻、東北大学総合学術博物館、2012年、3頁、 オリジナルの2018年12月30日時点におけるアーカイブ、2021年3月25日閲覧