本駒込

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本駒込
町丁
動坂
地図北緯35度43分46秒 東経139度45分04秒 / 北緯35.729356度 東経139.750997度 / 35.729356; 139.750997
日本の旗 日本
都道府県 東京都の旗 東京都
特別区 文京区
地域 本郷地域
人口情報2025年(令和7年)3月1日現在[1]
 人口 28,453 人
 世帯数 15,254 世帯
面積[2]
  1.292 km²
人口密度 22022.45 人/km²
郵便番号 113-0021[3]
市外局番 03(東京MA[4]
ナンバープレート 練馬
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プロジェクト 日本の町・字
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本駒込(ほんこまごめ) は、東京都文京区町名。現行行政地名は本駒込一丁目から本駒込六丁目。住居表示実施済区域。

地理

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本駒込は文京区の北側に位置し、江戸時代諸藩の下屋敷や武家屋敷が置かれたことから、明治以降に政官財界人の邸宅が立つ地域となった。このため、今でも山手線内の高級住宅街として知られている。また、駒込富士神社駒込天祖神社武蔵野市の地名・吉祥寺のルーツである諏訪山吉祥寺をはじめとして由緒ある寺社が数多く点在し、東京の都心にありながら緑地に富んでいる。東京メトロ南北線の駅名で使用されているために知名度がある。

旧白山通り本郷通り不忍通りが交差する上富士前交差点を一帯とするエリア。JR山手線駒込駅東京メトロ本駒込駅が最寄り駅となる。

本駒込を代表する名勝の六義園(国の特別名勝)は、徳川5代将軍・徳川綱吉の側用人・柳沢吉保(大老)の下屋敷に吉保自らが、和歌の世界を庭園で表現しようと設計した庭園といわれている。

明治期に岩崎弥太郎三菱財閥の創業者)が購入し、後に東京都へ寄贈。枝垂桜でも有名。ライトアップされた景観は圧倒的。

周辺の本駒込六丁目は大和郷(やまとむら)という都内屈指の住宅街があり社団法人化した大和郷会という町会がある。初代名誉郷長に若槻禮次郎(第25代・第28代内閣総理大臣)が就任。また正田美智子(現:上皇后)が雙葉学園受験のため、俵孝太郎の旧宅に移り住んだことでも知られている。衆議院議員鳩山邦夫加藤高明(第24代内閣総理大臣)、幣原喜重郎(第44代内閣総理大臣)も居住していた。

不忍通り沿いには、オフィス棟と住宅棟を擁した文京グリーンコート1998年に完成。商業施設飲食店なども整備され、東京都心の利便性を保ちつつ歴史や自然が残されている。

地価

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住宅地の地価は、2025年令和7年)1月1日公示地価によれば、本駒込1-20-13の地点で271万円/m2、本駒込5-22-2の地点で121万円/m2、本駒込6-8-23の地点で155万円/m2となっている[5]

歴史

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住居表示実施前後の町名

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駒込片町、駒込曙町、駒込富士前町、駒込上富士前町、駒込吉祥寺町、駒込浅嘉町、駒込動坂町、駒込神明町、小石川駕籠町などが合併されて誕生。

古くからの駒込が豊島区と文京区とに分断されており、旧本郷区にあったこの地は本郷駒込ということで住居表示実施に伴う町名変更の際に本駒込となった。

縄文・弥生・古墳・江戸・明治時代

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本駒込五丁目と豊島区駒込一丁目との境に広がる駒込一丁目遺跡からは、弥生時代後期の遺構が確認され、これまで20軒を超える竪穴建物が検出されている。同じく、本駒込五丁目の駒込富士神社の境内にある駒込富士古墳時代前方後円墳といわれている。全国古墳編年では6世紀(500年代)末の前方後円墳とされている。

本駒込三丁目の動坂遺跡縄文時代の遺構の上に江戸時代の遺構が重なる複合遺跡である。縄文遺跡は縄文中期の集落だった。近くの西ヶ原でも旧石器時代の遺物や縄文集落が見つかっている。江戸時代の遺跡は、8代将軍徳川吉宗鷹匠の屋敷跡だった。都立駒込病院には動坂貝塚記念碑がある。本駒込および文京・豊島周辺エリアは東京圏の歴史学上、非常に興味深いエリアともいえる。

駒込は日本武尊がその昔、東夷征伐の折、この界隈から軍馬を集めたところ、たちどころに千頭以上の軍馬が集まり、この様を見て「駒混みたり」と評され、素盞烏山(いるさやま)を「駒込林」と唱えたことから農民が住むようになり駒込村となる、との説があり、ルーツは日本の歴史の原点までさかのぼる。

本郷通りは江戸時代、日光御成道とも呼ばれ、徳川将軍家日光東照宮に参拝する道として決められていた。本郷通りと上富士前交差点で交わる不忍通りが開通したのは明治以降。

本駒込三丁目には、明暦の大火江戸大火によって移転してきた諏訪山吉祥寺があり、武蔵野市の吉祥寺の由来である。現在の吉祥寺は、諏訪山吉祥寺の門前で商売をしていた商人たちが武蔵野へ移り住んで興した町で、吉祥寺には寺が存在しない。幕末に幕臣として最後まで抵抗を続け、その後新政府の外交官閣僚を歴任した榎本武揚の墓がある。

江戸時代(現:本駒込五丁目・駒込一丁目)にかけた場所は、旗本の本郷丹後守の屋敷跡で、1869年に維新の三傑木戸孝允が別宅とした。木戸が晩年病になり養生しているところへ明治天皇が2度に亙って見舞っている。戦前までは聖跡に指定され、行幸の碑がある。付近には木戸坂という坂がある。

今の街が形成された江戸・明治から時代を遡ってみると、駒込の地名は多数歴史に登場している。

駒込には富士講、鷹匠屋敷、名産の駒込茄子があり、江戸っ子の間で「駒込は一富士二鷹三茄子」と縁起の良い土地として語られた。

大正以降

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世帯数と人口

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2025年(令和7年)3月1日現在(文京区発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
本駒込一丁目 2,580世帯 4,833人
本駒込二丁目 2,846世帯 5,462人
本駒込三丁目 2,041世帯 3,575人
本駒込四丁目 2,181世帯 4,073人
本駒込五丁目 3,539世帯 6,482人
本駒込六丁目 2,067世帯 4,028人
15,254世帯 28,453人

人口の変遷

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国勢調査による人口の推移。

人口推移
人口
1995年(平成7年)[6]
21,485
2000年(平成12年)[7]
22,148
2005年(平成17年)[8]
23,169
2010年(平成22年)[9]
25,235
2015年(平成27年)[10]
26,640
2020年(令和2年)[11]
28,453

世帯数の変遷

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国勢調査による世帯数の推移。

世帯数推移
世帯数
1995年(平成7年)[6]
9,684
2000年(平成12年)[7]
10,457
2005年(平成17年)[8]
11,262
2010年(平成22年)[9]
13,119
2015年(平成27年)[10]
13,940
2020年(令和2年)[11]
15,074

学区

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区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2020年9月現在)[12][13]

丁目 番地 小学校 中学校
本駒込一丁目 1〜2番
3番10・21号(各一部)
3番11〜19号、5〜7番
8番1〜16・27〜28号
8番26号(一部)
20番5・7・10〜21号
文京区立駒本小学校 文京区立文林中学校
3番2〜9・22号
3番10・21号(各一部)
4番、8番17〜25号
8番26号(一部)
9〜19番、20番8・9号
21〜28番
文京区立第九中学校
本駒込二丁目 18番13〜17号
19番3〜4・6号
1〜17番、29番 文京区立駕籠町小学校
18番2・10〜12号
18番18〜20号
19番1〜2・7〜8号
20〜28番
文京区立昭和小学校
本駒込三丁目 23〜28番
29番5〜10・13号
30〜40番、41番1〜4号
41番5号(一部)
10番1号(一部)
10番2〜8号、11〜12番
13番9〜13号
14番1〜3・14号
14番13号(一部)
19〜22番
29番1〜4・11〜12号
文京区立駒本小学校
1〜9番
10番1号(一部)
文京区立文林中学校
10番9〜23号、13番1〜8号
14番4〜12号
14番13号(一部)
15〜18番
41番5号(一部)
41番6〜14号
文京区立千駄木小学校
本駒込四丁目 4〜11番、17〜25番
38〜43番
1〜3番、12〜16番
26〜37番、44〜49番
文京区立昭和小学校 文京区立第九中学校
本駒込五丁目 全域
本駒込六丁目 7番14・18号
8番14・16・18号
9番13・15・17〜19号
10番13・18号
11番12〜13・16号
12番12・14〜15号
13〜25番
1〜6番
7番1〜8・10〜12号
7番21〜22・24号
8番2・5〜11・19〜25号
9番2〜11・20〜25号
10番5〜12・19〜25号
11番1〜11・17〜23号
12番1〜10・16〜22号
文京区立駕籠町小学校

交通

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鉄道

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地内に鉄道駅はないが、本駒込駅東京メトロ南北線、所在地は向丘)、駒込駅JR東日本・東京メトロ南北線、所在地は豊島区駒込)、巣鴨駅(JR東日本・都営地下鉄三田線、所在地は豊島区巣鴨)、千石駅(都営地下鉄三田線、所在地は千石)が利用できる。

道路

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事業所

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2021年(令和3年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[14]

丁目 事業所数 従業員数
本駒込一丁目 146事業所 926人
本駒込二丁目 272事業所 7,307人
本駒込三丁目 144事業所 2,472人
本駒込四丁目 137事業所 690人
本駒込五丁目 206事業所 1,268人
本駒込六丁目 250事業所 2,938人
1,155事業所 15,601人

事業者数の変遷

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経済センサスによる事業所数の推移。

事業者数推移
事業者数
2016年(平成28年)[15]
1,097
2021年(令和3年)[14]
1,155

従業員数の変遷

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経済センサスによる従業員数の推移。

従業員数推移
従業員数
2016年(平成28年)[15]
13,941
2021年(令和3年)[14]
15,601

施設

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出身・ゆかりのある人物

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その他

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日本郵便

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参考文献

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  • 『翼賛議員銘鑑』議会新聞社、1943年。

脚注

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  1. ^ a b 「区政情報」関連のオープンデータ - 文京区人口統計資料(町丁別世帯・人口)”. 文京区 (2025年4月21日). 2025年4月26日閲覧。(CC-BY-4.0)
  2. ^ 「区政情報」関連のオープンデータ - 文京の統計”. 文京区 (2025年4月21日). 2025年5月4日閲覧。(CC-BY-4.0)
  3. ^ a b 本駒込の郵便番号”. 日本郵便. 2025年3月9日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2019年6月24日閲覧。
  5. ^ 国土交通省 不動産情報ライブラリ”. 国土交通省. 2025年3月19日閲覧。
  6. ^ a b 平成7年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年3月28日). 2019年8月16日閲覧。
  7. ^ a b 平成12年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年5月30日). 2019年8月16日閲覧。
  8. ^ a b 平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年6月27日). 2019年8月16日閲覧。
  9. ^ a b 平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2012年1月20日). 2019年8月16日閲覧。
  10. ^ a b 平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2017年1月27日). 2019年8月16日閲覧。
  11. ^ a b 令和2年国勢調査の調査結果(e-Stat) -男女別人口,外国人人口及び世帯数-町丁・字等”. 総務省統計局 (2022年2月10日). 2022年2月20日閲覧。
  12. ^ 小学校 通学区域”. 文京区 (2020年9月8日). 2025年5月4日閲覧。
  13. ^ 中学校 通学区域”. 文京区 (2018年9月21日). 2025年5月4日閲覧。
  14. ^ a b c 経済センサス‐活動調査 / 令和3年経済センサス‐活動調査 / 事業所に関する集計 産業横断的集計 事業所数、従業者数(町丁・大字別結果)”. 総務省統計局 (2023年6月27日). 2023年9月15日閲覧。
  15. ^ a b 経済センサス‐活動調査 / 平成28年経済センサス‐活動調査 / 事業所に関する集計 産業横断的集計 都道府県別結果”. 総務省統計局 (2018年6月28日). 2019年10月23日閲覧。
  16. ^ a b 『翼賛議員銘鑑』144頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2021年8月28日閲覧。
  17. ^ 郵便番号簿 2024年度版” (PDF). 日本郵便. 2025年3月9日閲覧。

外部リンク

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