石井記者事件

最高裁判所判例
事件名 刑事訴訟法第一六一条違反
事件番号 昭和25(あ)2505
1952年(昭和27年)8月6日
判例集 刑集第6巻8号974頁
裁判要旨
一 新聞記者は記事の取材源に関するという理由によつては刑訴法上証言拒絶権を有しない。
二 憲法第二一条は、新聞記者に対し、その取材源に関する証言を拒絶し得る特別の権利までも保障したものではない。
三 刑訴第一四六条は、憲法第三八条第一項による憲法上の保障を実現するための規定であるが、刑訴第一四七条の規定は、右憲法上保障される範囲には属しない。
四 刑訴第二二六条に基き証人を尋問するにあたり、被疑者が未だ特定していなくても、それだけで、刑訴第一四六条による証言拒絶権を奪い憲法第三八条第一項に違反するということはできない。
五 検察官が刑訴第二二六条により裁判官に証人尋問の請求をするためには、捜査機関において犯罪ありと思料することが相当であると認められる程度の被疑事実の存在があれば足り、被疑事実が客観的に存在することを要しない。
六 当該逮捕状の請求、作成、発付の事務に関与する国家公務員たる職員については、右請求発付の事実は国家公務員法第一〇〇条にいわゆる職員の「職務上知ることのできた秘密」にあたる。
大法廷
裁判長 田中耕太郎
陪席裁判官 霜山精一井上登栗山茂小谷勝重島保斎藤悠輔藤田八郎河村又介谷村唯一郎澤田竹治郎真野毅
意見
多数意見 全会一致
反対意見 なし
参照法条
刑訴法146条,刑訴法147条,刑訴法226条,憲法21条,憲法38条1項,国家公務員法100条1項,国家公務員法100条2項
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石井記者事件(いしいきしゃじけん)とはジャーナリスト取材源の秘匿に絡む日本の事件および訴訟[1]

概要[編集]

1949年4月24日に松本税務署員収賄容疑事件について4月25日松本市警察松本簡易裁判所に逮捕状を請求したことを容疑事実とともに4月26日付の『朝日新聞』長野版で朝日新聞松本支局の記者である石井が報道した[2]。この『朝日新聞』の報道について、国家公務員がこれを漏らした容疑が浮上したため、松本市警察は国家公務員法の守秘義務違反の関係証人として朝日新聞松本支局記者に出頭を求めたが、石井はこれを拒否した[2]長野地方検察庁刑事訴訟法第226条によって、起訴前の判事の強制尋問を長野地裁に請求して、5月16日に長野地裁は石井記者を召喚し、「氏名不詳の国家公務員法違反事件」の証人として宣誓を求めたが、石井は宣誓・証言を拒絶した[2]。それにより、石井は長野地検によって証言拒否罪で起訴された[2]

1949年10月5日長野簡裁は「新聞記者の証言拒否は正当な業務行為といいがたい」として、石井に罰金3000円を言い渡した[2]。石井は控訴したが、1950年7月19日東京高等裁判所は「取材源の秘匿が新聞界の倫理として存在していることは十分首肯し得る」「他の一般営利企業の場合のそれと同実に論じ得ないこともこれを肯定せざるを得ない」としながら、「刑事訴訟法が一般国民に対し厳格な証言義務を規定しているのは国家の最も重要な任務の一つである適正な司法権の行使として社会公共の福祉のため絶対に必要なことで、これがため表現の自由に障害を与える結果になっても、これは自由に対する制約というべき」として控訴を棄却し、有罪判決を維持した[2]。これに対し石井は上告した。

1952年8月6日最高裁判所は「日本の現行刑事訴訟法では証言拒絶権が認められるのは極めて例外的であり、新聞記者の証言拒絶権については条文で列挙されていない」として上告を棄却し、石井の有罪判決が確定した[2]

その他[編集]

  • 当時長野地検検事だった鶴田正三元前橋地検検事長によると、当時長野市に置かれていたGHQ軍政部に不正告発の投書がある中で、松本税務署員収賄容疑事件についても投書があったことを軍政部が問題視したことで長野地検による刑事捜査が進んだとしている[3]
  • 石井は1942年3月に病気で神奈川県の師範学校を中退後、朝日新聞社に送った記者志望の手紙が通信部長の目に留まって採用されたが、事件直後に横浜支局に転勤となり、一審が始まる直前の1949年7月末に公判対策のため朝日新聞東京本社調査部に移り、以後1984年まで東京本社調査部で過ごした[3]

脚注[編集]

  1. ^ 加藤隆之 (2014), p. 194.
  2. ^ a b c d e f g 「最高裁で上告棄却 石井記者事件 取材源秘匿許さず」『朝日新聞朝日新聞社、1961年2月15日。
  3. ^ a b 「石井記者事件(メディア戦後事件史 新聞週間に考える:1)」『朝日新聞』朝日新聞社、1995年10月17日。

参考文献[編集]

  • 加藤隆之『人権判例から学ぶ憲法』ミネルヴァ書房、2014年4月20日。ASIN 4623070581ISBN 978-4-623-07058-9NCID BB15402075OCLC 878086954全国書誌番号:22401767 

関連項目[編集]