Xジェンダー

Xジェンダー(エックスジェンダー、X-gender)は、男女のいずれにも属さないと考える性自認を持つ人を指す用語・アイデンティティである。

Xジェンダーは、男女どちらとも異なる性自認を持つ人を包括的に含んでおり、女性男性かといった自己の性自認がその時々で定まりきらなく、流動的である場合もある。広く知られるLGBTという言葉で分かりやすくすると、LGBが性的指向の分類であるのに対して、Tと同じく性自認の分類の一つである[1][2]。したがって、当事者の性表現・性的指向については必ずしも含まない。

出生時身体女性で性自認Xジェンダーである人を「FtX」、出生時の身体男性で性自認Xジェンダーである人を「MtX」と表現する。両性具有など男女双方の生殖器官を持つなど身体的にもどちらに区分が困難な体(性分化疾患)で出生し、かつ性自認もXジェンダーである人を「XtX」と表現する[1][2]

用語としては、遅くとも1990年代後半に日本で使われ始めた。英語圏を始めとした日本語以外の言語圏においては、Xジェンダーと近しい意味を持つ用語としてジェンダークィア(genderqueer)やノンバイナリー・ジェンダー英語版(non-binary gender)、サード・ジェンダー(第3の性別、third gender)などが存在するが、これらは完全に同義というわけではない[注釈 1]

Xジェンダーにまとめられる代表的な性同一性[編集]

Xジェンダーに含まれる代表的な性同一性には、中性・両性・無性・不定性があるが、これらにおさまらない様々な性同一性も含まれうる。これらの代表的な性同一性について、レインボー・アクションXラウンジは次のように述べている[3]

中性
自分のことを男と女の中間であると認識する人の性自認のこと
両性
自分のことを男でも女でもあると認識する人の性自認のこと
無性
自分のことを男とも女とも、男と女の中間とも、男と女の両方とも、ある特定の2つの性の間で自認する性が揺れ動くとも認識しない人の性自認のこと
不定性
ある特定の2つの性の間で自認する性が揺れ動く人の性自認のこと

上記に限らずXジェンダーにまとめられる性同一性について複数の説明があり、中性のバリエーションとして「男性寄りの中性」や、男女二元論以外の性同一性との中性、両性であってもどちらかの性に優位性を感じる例などが示されており、表面上は同じ言葉であっても当事者によって認識には幅がある[4]

Xジェンダーと性的指向[編集]

他の性同一性と同様に、Xジェンダーと特定の性的指向が関連づくことはない。Xジェンダーの当事者は、身体的な性別からみて異性愛者同性愛者両性愛者無性愛者もしくはそれ以外であることがあり得る。そのため、Xジェンダーでレズビアン、Xジェンダーでゲイなど、性的少数者と捉えられる特徴が複数当てはまる性的なダブルマイノリティの状態にある人もいる。

男女に二極化した性同一性を持たないXジェンダーにとって、性自認から性的指向を説明しようとすると、少なくとも異性愛または同性愛の起点となる性別を規定しにくいことから、自らの性的指向についての説明が困難に感じることがある。

学術的な研究[編集]

男女のいずれかのアイデンティティを持たないXジェンダーが、アイデンティティの拡散・混乱ではなく固定的なあり様とみなせるかを考察した研究[5] では、当事者に対して自らの性自認について目標の姿を尋ねた自由記述のアンケートから、過渡型・揺曳型・積極型の3つのクラスタが抽出でき、過渡型と積極型は一つの固定的なアイデンティティであるとみなせる可能性を指摘している。

過渡型
男性あるいは女性のアイデンティティを持ちたいのであるが、現段階ではまだ自信が持てないため、明確に女性あるいは男性と自己定義できず過渡期にあり、現状では両性やどちらでもない性別であると自己を見なすありようである。
揺曳型
ジェンダー・アイデンティティが揺れているので、男性でも女性でもなく両性やどちらでもない性別であると自己を見なすありようである。
積極型
自己が規定されないジェンダー・アイデンティティであることに積極的な意味を見出しており、Xとしてのあり方を模索しているありようである。

一方、そういった分類とは異なり、Xジェンダー本人の一人一人の主観的体験を焦点に合わせた研究もされている[要出典]。例えば、出生時に割り当てられた性別では生きようとは思わないが、他方の性別がよいというわけでもないためXジェンダーだと名乗るといった場合や、その時々によって自らが認識する性別が男性と女性とで変わっていく、あるいは男性でも女性でもないという時があり、そのためXジェンダーだと名乗る場合がある。このような体験などからXジェンダーを名乗るに至るとされるが、分類されることだけでは分かることのできない、本人たちの生きてきた道に沿った人間理解の方法としてXジェンダーを理解することができるだろう。

日本語圏以外の類似概念[編集]

Xジェンダーは遅くとも1990年代後半には日本国内で独自に使い始められた言葉である[6]。英語圏における男女二元論から外れる性同一性を包括的に表す言葉として、1980年代には「ジェンダークィア(genderqueer)」あるいは「サード・ジェンダー(第三の性、third gender)」が、2010年代以降では「ノンバイナリー・ジェンダー英語版(non-binary gender)」[7] が近い言葉にあたると考えられる。しかし、Third genderは身体的な性別を意味する場合があることや、Queerはセクシュアル・マイノリティ全体を示すことがあってより広義である場合がある。よって、ノンバイナリーが最も適切だが、そもそもノンバイナリーという方が世界共通である[8][9]

また、インドのヒジュラーや、アメリカ先住民のトゥー・スピリットタヒチのマフーといったカテゴリーにも似通った部分がある。それまでの日本では、出生時に割り当てられた性別とは異なる性別として生きようとする人々をトランスジェンダーという言葉で表現することができていたが、女性でも男性でもいずれかでもない人々を指し示す言葉がなかった。ある書籍に掲載されたトランスジェンダーのインタビューによれば、目指す(性別の)ゴールが明確にできない人々を表す言葉が存在しないことから、X-ジェンダーと名乗り始めたことが最初だとされる(この書籍では「X-ジェンダー」であった)[10]

更にXジェンダーに含まれる性同一性の訳語として、中性(gender-neutral)・両性(bi-gender)・無性(A-gender)・不定性(gender-fluid)などがあると考えられている。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ Xジェンダーは性自認についてのみを問題とする一方、ノンバイナリー・ジェンダーは性自認・性表現を、ジェンダークィアは性自認・性表現・性的指向を問題とする。

出典[編集]

  1. ^ a b 性別が、ない!~両性具有の物語~6巻 - p9 ,新井祥 · 2009年
  2. ^ a b LGBTだけじゃ、ない!「性別」のハナシ - 第 1 巻,新井祥
  3. ^ 日本でXジェンダーにまとめられる男でも女でもない性自認にあてはまる人たちについての要望書 特定非営利活動法人レインボー・アクション 2013年5月30日
  4. ^ 例えば、Label X編『Xジェンダーって何? −日本における多様な性のあり方』pp.36-40 緑風出版 2016年10月20日、Xジェンダーとは?男でも女でもない性の在り方をタイプ別に図解!体験談あり 雑感ビビッ 2019年3月25日、【用語解説】Xジェンダーとは? 【男女の枠に属さないってどういうこと?】 株式会社JobRainbow 2019年11月16日、など
  5. ^ 佐々木掌子 (2010). 規定されないものとしてのジェンダー・アイデンティティ-MTXとFTXの質的分類- GID(性同一性障害)学会雑誌, 3(1), pp.44-45.
  6. ^ S.P.F. Dale(2012), "An Introduction to X-Jendā:Examining a New Gender Identity in Japan"
  7. ^ Nast, Condé. "Do You Know What It Means to Be Genderqueer?" them. 2020年3月22日閲覧
  8. ^ 細貝 玲奈. “Xジェンダー” は日本人にしか通じない!? 外国人に”X Gender”を言ってみた結果 Ltibee LIFE. 2015年10月22日
  9. ^ 細貝 玲奈. 前回の「Xジェンダーは日本人にしか通じない」記事コメントから考える本当の英語名 Ltibee LIFE. 2015年10月28日
  10. ^ 吉永みち子 (2000). 性同一性障害-性転換の朝 集英社

参考文献[編集]

  • 蔦森樹 (1993) 男でもなく女でもなく―新時代のアンドロジナスたちへ 勁草書房
  • Kate Bornstein (1994) Gender Outlaw : On Men, Women, and the Rest of Us.
  • Factor, R., & Rothblum, E. (2008). Exploring gender identity and community among three groups of transgender individuals in the United States: MTFs, FTMs, and genderqueers. Health Sociology Review, 17(3), pp.235-253.
  • 針間克己 (2011). メンタルクリニックにおける性同一性障害診療の実際 精神医学53(8), pp.749-753
  • 石田 仁 (2008). 石田 仁(編) 性同一性障害―ジェンダー・医療・特例法 御茶の水書房
  • Kuper, L. E., Nussbaum, R. & Mustanski, B. (2012). Exploring the Diversity of Gender and Sexual Orientation Identities in an Online Sample of Transgender Individuals. Journal of sex research49(2-3), pp.244-254.
  • 山田苑幹(2019)Xジェンダーを生きる : 男女のいずれかというわけではない性自認をもつ人々の語りから 質的心理学研究18 pp.144-160
  • 松嶋淑恵「性別違和をもつ人々の実態調査 : 経済状況、人間関係、精神的問題について」人間科学研究 34巻 P.185-208 (2013-03) 文教大学人間科学部
  • 大田黒花 (2009). 「X ジェンダー」についての一考察 静岡大学情報学部 笹原恵研究室
  • 佐々木掌子 (2010). 規定されないものとしてのジェンダー・アイデンティティ-MTXとFTXの質的分類- GID(性同一性障害)学会雑誌, 3(1), pp.44-45.
  • 田中玲 (2006). トランスジェンダー・フェミニズム インパクト出版会
  • 戸口太功耶 (2012). Xジェンダーの現象学的心理学―「男/女」いずれかではないアイデンティティを名乗ることの意味― 鳴門教育大学大学院学校教育研究科修士論文
  • 吉永みち子 (2000). 性同一性障害-性転換の朝 集英社
  • Label X編、『Xジェンダーって何?-日本における多様な性のあり方-』緑風出版、2016年10月20日。ISBN 978-4-8461-1615-6

関連項目[編集]