あすなろ物語

あすなろ物語』(あすなろものがたり)は、井上靖長編小説である。『オール読物』に1953年1月号から6月号まで連載され、のち新潮文庫などで出版された。

概要[編集]

新潮文庫版で発行部数ベスト20に入り、井上の作品では最も多い発行部数である。井上が1950年闘牛』で芥川賞を受賞した翌年毎日新聞社を退社して、本格的に文芸活動を開始した初期の頃の作品である。

井上の作品の中では、『しろばんば』、『夏草冬濤』、『北の海』とともに、自伝的な部類に属する。第一編の「深い深い雪の中で」(小学校時代)は、時期的に『しろばんば』と重なり、第二編の「寒月がかかれば」は『夏草冬濤』(中学校時代)と重なるが、『北の海』(高等学校受験浪人)は、第三編「漲ろう水の面より」(九州帝大時代)の前である。

各書の出版時期と著者の年齢は以下の通りである。

  • 1953年(45歳ころ)あすなろ物語
  • 1960年(53歳ころ)しろばんば
  • 1964年(57歳ころ)夏草冬濤
  • 1968年(61歳ころ)北の海

その他[編集]

井上の文学活動は、下記のように随所に詩的な文章が散りばめられている。

深い深い雪の中で
  • 「トオイ、トオイ山ノオクデ、フカイ、フカイ雪ニウズモレテ、ツメタイ、ツメタイ雪ニツツマレテ、ネムッテシマウノ、イツカ。」
  • 「あすは檜になろう,あすは檜になろうと一生懸命考えている木よ。でも,永久に檜にはなれないんだって!それであすなろうと言うのよ。」
寒月がかかれば
寒月ガ カカレバ君ヲ シヌブカナ アシタカヤマノ フモトニ住マウ[1]
漲ろう水の面より
「貴方は翌檜でさえもないじゃありませんか。翌檜は、一生懸命に明日は檜になろ うと思っているでしょう。貴方は何にもなろうとも思っていらっしゃらない。」
春の狐火
「いいえ、わたしは反対の方へ走り ましたの。ご一緒の方向へ逃げていたら・・・。よくそんなことを考えます。でも、ああいう場合は、 神さまのお指図ですもの、仕方ありませんわ。」
勝敗
「皮肉ではない。実際、僕はそう 思っていたんだ。これでもか、これでもかと、やっつかたつもりなんだが、いつも、どうも勝ったような気がしなかった。不思議だよ、君という人間は。」
星の植民地
明日は何ものかになろうというあすなろたちが、日本の都市から全く姿を消してしまったのは、B29の爆撃が漸く熾烈を極め出した終戦の年の冬頃 からである。日本人の誰もがもう明日と言う日を信じなくなっていた。
  • 主人公梶鮎太の結婚の時期は、「勝敗」の後「星の植民地」の前、であるが、井上が結婚したのは京都帝大在学中、毎日新聞社入社前(時期的には 「漲ろう水の面より」と「春の狐火」の間)であり、異なる。
  • 上記の通り、あすなろ物語は6編から成るが、各編の独立性が高く、6編の短編集の様にも観え、特徴のある構成である。同じ試みは、三島由紀夫の『豊饒の海』などにも見られるが、こちらは各編が長編である。

映画[編集]

あすなろ物語
監督 堀川弘通
脚本 黒澤明
原作 井上靖
製作 田中友幸
出演者 久保明
岡田茉莉子
音楽 早坂文雄
撮影 山崎一雄
製作会社 東宝
公開 日本の旗1955年10月5日
上映時間 108分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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1955年10月5日東宝系で公開された(モノクロ、スタンダード、108分)。堀川弘通の第一回監督作品で、黒澤明が脚本を手掛けた。後に日活の青春俳優となる山内賢が子役で出演した。

スタッフ
出演者

テレビ作品[編集]

テレビドラマ[編集]

1961年1962年の2度にわたって、NHK総合テレビで単発ドラマ化された。

スタッフ

1961年版[編集]

6月17日に『こども名作座』で、『あすなろ物語 深い深い雪の中で』というタイトルで放送。

出演者

1962年版[編集]

1月4日に『文芸劇場』(金曜20:00 - 21:00)で放送。

出演者

テレビアニメ[編集]

1986年7月4日に、日本テレビ系列の『青春アニメ全集』で放送された。

脚注[編集]

  1. ^ 「シヌブ」は、江戸時代に万葉仮名の「の」を「ぬ」と誤読してできた語で、「シノブ」に同じ。
日本テレビ系列 青春アニメ全集
前番組 番組名 次番組
舞姫
(1986年6月27日)
あすなろ物語
(テレビアニメ版)
(1986年7月4日)
路傍の石
(1986年7月18日 - 7月25日)
NHK総合テレビ こども名作座
前番組 番組名 次番組
あすなろ物語
深い深い雪の中で
(テレビドラマ1961年版)
NHK総合テレビ 文芸劇場
あすなろ物語
(テレビドラマ1962年版)