湯山邦彦

ゆやま くにひこ
湯山 邦彦
別名義 藤原鉄太郎
生年月日 (1952-10-15) 1952年10月15日(71歳)
出身地 日本の旗 日本東京都練馬区
血液型 AB型
職業 アニメ監督
演出家
ジャンル アニメ
活動期間 1978年 -
主な作品
ポケットモンスターシリーズ
 
受賞
日本アカデミー賞
優秀アニメーション作品賞
2016年ルドルフとイッパイアッテナ
その他の賞
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湯山 邦彦(ゆやま くにひこ、1952年10月15日[1] - )は、日本アニメーション演出家アニメ監督東京都練馬区出身[1]東京都立武蔵丘高等学校卒。

かつて藤原鉄太郎[2][3]や、ゆやまくにひこというペンネームを使っていたこともあった。

来歴・人物[編集]

元々漫画家に憧れ[1]美術大学を受験するも失敗、代々木ゼミナールの美術大学コースに入るも次第に漫画家になりたい望みが薄れ、後に美術大学進学は断念、一方で友人らとフォークソングバンドを組んで活動していたことがあった[1]。その傍らでいくつかのアルバイトのうちの一つとして、近所のアニメ制作スタジオで動画描きを担当した事が、アニメ業界入りのきっかけである[1]

その後、アニメーターとして活躍する傍ら絵コンテも任されるようになり、1978年より演出家に転向。同年の『銀河鉄道999』の第3話「タイタンの眠れる戦士」が、演出家としてのデビュー作である。キャリアの初期は、葦プロダクションで経験を重ね、1982年より総監督を務めた『魔法のプリンセス ミンキーモモ』で一躍有名に。その他の著名な監督作品に『ポケットモンスターシリーズ』(総監督)[注 1]、『愛天使伝説ウェディングピーチ』など。

代表作[編集]

葦プロダクション作品[編集]

スタジオぎゃろっぷ作品[編集]

オー・エル・エム作品[編集]

パステル作品[編集]

カナメプロダクション作品[編集]

タツノコプロ作品[編集]

土田プロダクション作品[編集]

ぴえろ作品[編集]

J.C.STAFF作品[編集]

その他アニメ[編集]

特撮[編集]

絵本[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 監督の打診があってからゲームをプレーし、最初に選んだフシギダネの大ファンとなった[4]
  2. ^ 短編は監督のみ、第21作目第23作目の劇場版作品はアニメーションスーパーバイザーのみ、第22作目の劇場版作品の監督は榊原幹典と共同。
  3. ^ 榊原幹典と共同。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e ジ・アニメ(近代映画社)1985年2月号「アニメ人間インタビュー」130 - 133頁
  2. ^ 首藤剛志 (2006年8月9日). “シナリオえーだば創作術 第61回 ここまで言っていいのか『さすがの猿飛』”. WEBアニメスタイル. 2024年3月19日閲覧。
  3. ^ 首藤剛志 (2006年8月23日). “シナリオえーだば創作術 第63回 『さすがの猿飛』ってなんだったのか」”. WEBアニメスタイル. 2024年3月19日閲覧。
  4. ^ 畠山けんじ・久保雅一著『ポケモンストーリー』日経BP社、2000年、ISBN 4822241998、319頁
  5. ^ ぷにるんず:タカラトミーの人気玩具がテレビアニメ化 湯山邦彦が総監督 ナレーションは小野大輔”. まんたんウェブ. MANTAN (2022年8月30日). 2022年8月30日閲覧。

参考文献[編集]

  • 「アニメ大国の肖像 アニメ監督湯山邦彦さん」『中日新聞』2008年1月31日号

関連項目[編集]