1996年の日本ハムファイターズ(1996ねんのにっぽんハムファイターズ)では、1996年の日本ハムファイターズの動向をまとめる。
この年の日本ハムファイターズは、上田利治監督の2年目のシーズンである。
阪急・オリックスで5度のリーグ優勝と3度の日本一に導いた名将・上田利治監督の1年目を4位で終えたチームは、開幕スタメンで1番にロブ・デューシーを、4番にはバーナード・ブリトーの両外国人を据えて開幕に臨んだ。外国人パワーと上田監督になってから我慢強く起用した岩本勉・今関勝・島崎毅・田口昌徳・上田佳範・井出竜也と若手選手が活躍し、三年目の金子誠は新人王を獲得。近年成績が不振だった片岡篤史や西崎幸広の復活もあり、チームは首位をひた走り1981年以来15年ぶりの優勝が期待された。しかし、7月終了時点まで4ゲーム差も付けられたオリックスが破竹の勢いで快進撃すると、チームの勢いは止まり直接対決で負け越して首位陥落。それでも、自力優勝の可能性を残したが9月初めに上田監督が「家庭の事情」で休養すると、急遽住友平ヘッドコーチが監督代行に。だがその直後に負けが込み、オリックスに優勝マジックが点灯。そして9月23日の試合でオリックスにサヨナラ負けを喫し、目前での胴上げを許すことになったが、1993年以来3年ぶりに2位でシーズンを終えた。そしてシーズン終了後、巨人を自由契約になった落合博満を獲得するが、これがチーム内紛の始まりとなっていく。
チーム成績[編集]
レギュラーシーズン[編集]
1996年パシフィック・リーグ順位変動 順位 | 4月終了時 | 5月終了時 | 6月終了時 | 7月終了時 | 8月終了時 | 最終成績 |
1位 | オリックス | -- | 日本ハム | -- | 日本ハム | -- | 日本ハム | -- | オリックス | -- | オリックス | -- |
2位 | 日本ハム | 0.5 | オリックス | 0.5 | オリックス | 2.5 | オリックス | 4.0 | 日本ハム | 0.5 | 日本ハム | 7.0 |
3位 | 近鉄 | 1.0 | 近鉄 | 2.0 | 近鉄 | 7.0 | ロッテ | 7.5 | 近鉄 | 8.5 | 西武 | 13.0 |
4位 | ロッテ | 1.5 | ロッテ | 5.0 | ロッテ | 7.5 | 近鉄 | 9.0 | ロッテ | 10.0 | 近鉄 | 14.5 |
5位 | 西武 | 5.0 | 西武 | 5.5 | 西武 | 9.5 | ダイエー | 11.5 | ダイエー | 12.5 | ロッテ | 15.5 |
6位 | ダイエー | 7.0 | ダイエー | 11.0 | ダイエー | 12.5 | 西武 | 13.0 | 西武 | 13.5 | ダイエー | 22.0 |
オールスターゲーム1996[編集]
- 西崎幸広
- 今関勝
- 島崎毅
- グロス
- 田中幸雄
- ブリトー
できごと[編集]
選手・スタッフ[編集]
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監督 | |
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一軍コーチ | |
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二軍監督・コーチ | |
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投手 | |
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捕手 | |
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内野手 | |
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外野手 | |
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表彰選手[編集]
ドラフト[編集]
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1940年代 | |
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1950年代 | |
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1960年代 | |
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1970年代 | |
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1980年代 | |
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1990年代 | |
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2000年代 | |
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2010年代 | |
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2020年代 | |
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1946年の公式戦再開に先立って、1945年は終戦後開催の東西対抗戦にセネタースの選手が参加。 |